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赫の千夜一夜 57
「あのっ飾りは 」
「服を留める分だけにしておきますから」
そう言ってはくれるが、セキからしてみたら今の段階でもずいぶんと派手だ。
生地が一見シンプルなだけに控えめな金色の金具だと言うのに、身にまとっていくと華やかに映える。
「それから、露出の少ない巻き方にしておきますね」
ふふ と笑いを含む声にセキは苦笑を返す。
「クイスマ!」
衣装の向こうから声を掛けられ、クイスマははっと手を止めた。
「カイ、こっち」
「ハジメがいないって心配してて……あ! 失礼しました」
服の間を潜り抜けてやってきたカイは宝石のような緑色の瞳をぱちくりさせてから、優雅な礼をしてみせる。
「ハジメってお兄ちゃんですか?」
「ええ、先程はきちんとお話もできなかったようですし、お顔を見に参りますか?」
「あ……でも、大神さん……」
「陛下達はRuĝa Lunoを開けて飲んでいたのでもう少し後の方がいいかもしれません」
「る ?」
聞き取れなかった飲み物らしき名前を繰り返そうとしたが、うまく発音できなかった。
クイスマが「Ruĝa Lunoです」と繰り返し、儀式の際に飲むお酒です と簡単な説明をする。
「え……? 儀式?」
旅行者がそんなものに参加することなんてめったにないはずのことだ。
しかも歓談と聞いていたのに儀式と言われて、セキはさっとクイスマを睨みつける。
「Ruĝa Lunoを飲んで行うのは儀式ではありません」
「でもさっき儀式と言いました!」
「言葉の ……言葉のあやです」
さっと細い眉を歪めて、クイスマはうろたえてカイに視線を投げる。
「儀式ほど固いものではないです。準備のためのおまじない、みたいなものです」
カイはそう説明をしてくれるが、それはセキをますます混乱させるだけだった。説明に困りあぐねた二人は最後の案とばかりにハジメに説明してもらおうと、セキを説得した。
扉の代わりにさらさらと紗の流れる入り口をくぐり、中に入るとハジメとくすんだ砂色の髪を持つシモンが果物が乗せられたテーブルを前にくつろいでいた。
「あか!」
ぱっと笑顔を向けられ、名前を呼ばれてセキは嬉しいと思うよりも戸惑いを覚えて立ちすくんだ。
ハジメが呼んだ名前はだいぶ前から使わなく……いや、存在すらなくなった名前で、大神が時折呼んでくれる以外は誰も呼ばなくなったものだったから。
奇妙な感じがして曖昧に笑う。
「会えるのは明日の朝って言われてたから心配してたんだ!」
さっと駆け寄って、セキの体に異常はないか確認し……
「っの、クソが」
低く呟かれたのは、衣の合間から見えた大神がつけた歯形やキスマークを見た時だった。
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