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赫の千夜一夜 59

 正直、生活に困ることがなかったからそこは気にしたことがなかったと言うのが本音だった。 「騙されてる!」  ぐっと眇めるようにして、ハジメは泣きそうな顔でセキを揺さぶる。 「ここで暮らそう! 海外が嫌だって言うなら、支援するから日本ででもいい……あんなヤクザから離れて  っ」  乾いた音と共にハジメの手が弾かれて、クイスマ達ははっと息を飲む。 「オレはっ大神さんから絶対に離れない!」 「それは  っ」 「大神さんは悪い人じゃない!」  叫び声にハジメはさっと顔をしかめ、目を眇めてセキを睨みつける。 「そんなフェロモンのつけ方をする人間がいい奴なもんか」 「大神さんが完全にいい人じゃないのも何か隠してるのも知ってるし、ベータなのもわかってるけど離れられるわけない! あの人はオレの運命だ!」 「うんめ っ……そう言えば何でも通ると思ってんのか⁉」    声の中に必要以上の過熱をみたのか、クイスマがさっとハジメの手を取り意識を自分の方へと向けた。  落ち着くように優しく手を撫で、諭すように柔らかな声で語りかける。 「少し落ち着きましょう、今はどうしても感情の扱いが難しいのはわかります。けれどあまり興奮すると体に障りますから」 「だって  」 「リュージ達にも、頭ごなしに言ったって成功しなかったでしょう?」  ゆっくりと動くクイスマの手に促されるように、ハジメはは は と息を吐いてからゆっくりと頷く。  カイ達もさっとハジメを取り囲むと下にも置かないような態度は、この国の王の伴侶としてはふさわしいものだったけれどそれだけとは思えなかったセキは、そろりと尋ねかける。 「あのっお兄ちゃん……もしかして……」 「…………うん」  セキの言葉の先を理解したのかハジメはその一言だけを返し、戸惑うように腹に手を当てた。  その様子は……セキが研究所に併設されたシェルターで幾度も見て来た行動だ。  妊娠した状態でやってきたΩ達は、本人の自覚あるなしに関わらずそうやって腹部を庇って…… 「……え、お兄ちゃんってオメガだったの⁉」 「ち、違う」  むぅっと唇を曲げで強い調子で言うハジメに、クイスマはまず座るように勧めてからハーブティーを持ってくるようにシモンに頼む。 「あ? え? えっと……?」  昔、一緒に風呂に入ったことのあるセキは『お兄ちゃん』が女でないことは知っている。  それなのにΩではないと言われて混乱は増すばかりで…… 「ハジメはベータですが、その身に御子を宿しています」  にこにこと嬉しそうに告げるクイスマとは逆にハジメの表情は浮かないままだ。

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