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赫の千夜一夜 61

 はは と飾りばかりの笑いを漏らして……ハジメはもう一度目を眇めてからセキを見る。 「あの時みたいな、涸れた色じゃないな」 「?」 「……本当に、酷いことをされてないんだな?」  セキを見るハジメの目は眩しそうなものを見るかのように細められ続けていて…… 「オレっ今が一番幸せ! あ、や……一番じゃないかも?」  勢いよく返事をしておきながらもごもごと言い直す。 「きっと、大神さんはもっと幸せにしてくれるから! いや、違うな! オレが大神さんを幸せにするから! ……えっと、だから自動的にオレも幸せになるし? みたいな?」  親指を立ててニコっと笑う顔にハジメは溜息で返すと、クイスマから淹れ直したハーブティーを受け取ってそろりと口に運ぶ。 「……そっか」 「だからね、オレのことは心配いらないよ?」  くいくいと袖を引かれて、ハジメは幼い頃のセキが弟達の隙間を縫って話をしにきた時のことを思い出して小さく笑った。  幾ら気にかけて貰えているとは言え、セキは自分がハジメの家族ではないことを重々にわかっていたようで、決して弟達を押し退けてまで我を出すことはなく、それでもどうしても言わなくてはならないことがある時にだけこうして袖を引くことで気を引いてから話しかけてきていた。  そんなことを思い出しながら、ハジメはセキの耳打ちに首を傾ける。   「大神さん、見た目アレだけど、寝ないで働くくらい真面目な社畜なんだ」 「……」 「家事もできたりするの」 「……」 「あとね、花を買ってきてくれたりもするの」 「……」 「それからリンゴも、ウサギに切ってくれるんだよ」 「そんな情報いらない」 「ええ⁉」  どんなことを言うのかと思ったらくだらない話だった……と、ハジメはもう一度ハーブティーに口をつけた。  すっきりとした味の液体はミントのようにすっとするが、爽やかな果物の味もする。それに少し心を宥められたおかげか、深く呼吸をすれば落ち着いてものを考えることができた。  大神がセキを宿に連れ込むのを見かけたのは本当に偶然の出来事だった。  慣れない城の生活で膿んだような心持になって、息抜きがしたいと我儘を言って少し抜け出させてもらえたのはほんのわずかな時間で、ほんの少しでもどちらかが遅かったり早かったりしたらあの瞬間には立ち会えなかっただろう。  自分がこのルチャザ国の王に運命だと言われて見初められて、セキの家はもぬけの殻になってしまっていて……もう二度と会えないものだとばかり思っていただけに……

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