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赫の千夜一夜 62

「  ……ちょっと安心した」  薄情なことを言ってしまえばセキは他所の家の子供で、ハジメ自身も弟達と何とか生き抜こうとしているただの子供だったのだから、何もできなかったことを気に病む必要はなかったはずなのに、ずっとずっと小さな棘のように心に残っていた。  だから、本人の口からそう言われてほっとしたのもある。  そして、セキを包むように絡みつくフェロモンの在り方に……  セキを守る存在があることに棘が抜けるような気持になる。   「まぁ、ソレが悪いものじゃないならいいか」 「そ、それ?」 「ソレ。ついてる奴」  そう言うとハジメはもう一度目を眇めた。  びっしりと独占欲を示すかのようにつけられたフェロモンの濃さに、うんざりした気分で目を瞬かせる。  これだけしっかりマーキングされては、他のαは手を出すこともできないだろう と、アホらしいとばかりに溜息を吐く。   「お、お化け?」 「違う、やくざのつけたフェロモンの話」 「あ!」  お化けの話かと一瞬青い顔をしたセキはぱっと弾けるように笑顔になると、照れくさそうに笑った。   「…………悪かったな。頭ごなしに」  別に何もわからないままにセキと大神のことに口を出したのではなかった。  王に一言言っておけば、その人物の洗いざらいをすべて調べ上げるのは朝飯前の話で……大神がどう言った経緯を経て生きて来たのかは、事前に知らされてはいて…… 「でもやくざだしなぁ」  ぎゅっと眉間に皺が寄ると、クイスマがなだめるように果物を勧めてくる。 「ミスター大神のことを王はすべてご存じです、心配する必要はないかと」 「……ん。……ごめん。やっぱちょっと……不安定だよね」 「お体が大変な時ですから。もうじきに王が来られるでしょうから、そんな不安も吹き飛びますよ」  穏やかに返した後、クイスマはカイに向けて手を振った。  それだけで何かをくみ取ったのか、カイはさっと頭を下げて部屋を出ていく。   「そう言えば、もう少ししたら流弐達がこっちくるよ」 「え⁉ いつ?」 「三か月後」 「ちょっとじゃないし。そかぁ三か月じゃ会えないな」  ちょっと唇をとんがらせてつまらなさそうに言う。  元々この国に滞在する予定もなかった、発情期のことがなければもっと前に日本に戻っている予定で、きっと今も直江が青い顔をして探し回っているはずだ。   「その時までここにいていいんだぞ?」 「うーん……それなら日本で会いに行った方が早いかも」 「そりゃそっか」  ぽつんと呟いて、ハジメはまたどこか物思う表情だ。

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