203 / 425
赫の千夜一夜 68
「よい言葉だな」
「……けれど、場所を選んで使うことをお勧めする単語です」
「はは!」
王は面白そうに笑うとまた再び酒を注ぎ……とうとう名残惜し気な一滴が満月のような水面に波紋を浮かべた。
「さぁ、飲み干すといい」
「……」
胃を焼きそうな熱が体内にあるのを感じながら、大神は王を睨みつけながらぐっと最後の一杯を煽る。
「率直に言おう。ミスターセキはこちらで預かる」
大神は酒を飲み込む間、特にその言葉に反応はしなかった。
これまでの言葉を省みれば王が何を言いたいのか、これから何を言おうとしているのかわかり切ったことだったからだ。
「セキがそのora infanoと言いたいのでしょうか」
「……」
今度は王が口を引き結んで大神を睨みつける番だった。
「言ったでしょう、オメガはそこにいるだけで自分達を幸せにしてくれる。歴史の中で、そう言ったものをそう書き留めただけでしょう」
「君はミスターセキの番ではないだろう?」
「番ならば、オメガをどのように扱ってもいいというわけではないです」
大神はまっすぐに王を睨み返し、宝石のような赤い瞳にさっと炎が宿るのを見る。
「では、赤の他人と番では?」
「何を おっしゃりたいのでしょうか」
ぎり と奥歯を噛みしめながら身を乗り出すと王との距離が縮まり、他の香りでごまかされているとは言え強烈なフェロモンが肌を刺激し始める。
太陽に嬲られているようだと脳の片隅で思いながらゆっくりと睨み返した。
「ミスターセキの番ならばいざ知らず。ベータの君には縛り付ける権利も力もない、違うか」
「俺は、セキの後見をしている。口を出す権利は……」
「もう成人する年だろう?」
「だからどうした」
トーブのような白い服の胸元を掴み上げると力任せに引き寄せる。
凍えて刺さるような気配が一瞬大神を襲ったが、王は慌てるでもなく片手を上げてそれを制すると、「準備を」とよく響く声で告げた。
「なに 」
「ミスター大神はduelo de silentoの権利を得た!」
やはり突然出て来た言葉はとりとめのないものだったが、それに気を取られるよりも大神は部屋になだれ込むようにして入ってきた兵士達を睨みつける方が大事だった。
この人数を薙ぎ払ってセキの元へと行き、この巨大な城から脱出ことができるのか……?
大神は咄嗟にテーブルの上にあったフォークに手を伸ばそうとし、
「いつも言ってるだろう? 短気はよくないよ?」
とかけられた呑気な声に動きを止めた。
イラつきを感じもするがそれでも昔から見知った相手だけに、こんな場所と状況で聞こえて来た声にはっと顔を向ける。
ともだちにシェアしよう!