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赫の千夜一夜 71

 大神は埒が明かない考えを振り払うようにワイシャツを脱ぎ捨てる。 「  ────では始めようか?」  王の軽やかな言葉とは裏腹に、火花を散らしそうな二人の視線が絡まり合った。 「なんでここにいるんですか⁉」 「酷いなぁ。もうちょっと歓迎の言葉を頂戴よ」  セキの言葉にそう言うと瀬能はバチン と皮膚のぶつかり合う音に反射的に身をすくめた。 「ここにいるんなら止めてくださいよ! ってか、先生が止めなくてどうするんですか⁉」 「いやいや、一国の王を止める発言力なんて僕にはないから」  はは! と軽く返した瞬間、殴り飛ばされて地面に巨体が転がる。  汗と切れた皮膚からの血のせいで土まみれだったが、その極彩色の背中の色は褪せない。 「大神さん! 何やってるんですか! 中止してください!」 「これは決着がつくまで終わらないものでな」 「そもそもっ! 取り合うオメガなんて…………」  そこまで言ってセキはぽかんと口を開けた。 「景品は大人しく見学しているといい」 「オレ……オレがなんで景品になってるんですか⁉」  王の赤い目を見つめ返しても反応はない。  見下ろされるばかりで何も返してくれないことに焦れたセキはふらふらと起き上がる大神を見て、最後に瀬能に突っかかるようにして「なんで⁉」と問いかける。 「いや、申し訳ないけど事情までは知らないんだ」 「オレっ  オレはっ! 大神さんのオメガですっ!」 「だからこその決闘だろう?」 「⁉ ……っ本人に確認もしないなんてこんなの、無効です!」  自分の知らないところで自分が景品として扱われているなんて! とセキは声の限りに無効だ、こんなのは認めない、中止しろ と声を上げ続ける。  その間も立ち上がった大神が王に掴みかかり、いなされ、地面に叩きつけられるを繰り返す。 「ミスターセキ、案ずることはない。すぐに決着はつく」  冷ややかに足元の大神を見る赤い目はすべての意見を跳ねのけ、何も聞かないとでも言いたげなほど頑なに見えた。 「オレ……オレは……大神さんのオメガなんです……」 「けれど君は噛まれていないだろう?」  そう言いながら王は右の拳を振り上げて大神目掛けて勢いよく下ろす。  ご と言う聞いたことのないような鈍い音と共に、わずかに大神の頭が跳ねて…… 「君達がどう言おうと、君は噛んだアルファのものだ」 「 ────っ!」  とっさに項を押さえて飛びのくと、王が自嘲のような笑みを唇の端に乗せた。 「さぁ! われわれには必要なのだ、ありとあらゆる幸運を呼び込み、人に幸せを与えるオメガが!」

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