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赫の千夜一夜 72
それは、セキ個人を欲しているとはまったく思えない発言だった。
「なに なんですか、それ……なん、……オレはそんなのじゃない!」
幸運のΩだと言うならば、自分はもう少しましな人生を送れていたはずだ とセキは叫びながら思う。
母に振り返られないこともなければ、腹が満ちたことも、顔色を窺わずに生活することもできたはずだ。
寒さや暑さを恨みながら、好奇の目や同情に晒されることなく生きることが……
やっと自分の意思で傍に居たいと思った場所を取り上げられそうになっているこの状況は、まったく幸せなんかじゃなかった。
「われわれには君が必要だ!」
王の朗々とした声の響きを聞いて、さっと兵士達の目がセキへと集まる。
好奇でも同情でもない視線が自分を射ることに、セキはさっと顔を青くして首を振った。
「ゃ……」
ぞわりとした悪寒にセキは項を押さえてうずくまる。
幸いそこには大神がいつもはめてくれているのと同じネックガードがついてはいたが、それでもそれは噛まれないと言う保証になるものではなかった。
この目の前の……まるで金色の獅子のようなαは、欲しいと思ったならばきっとこんなものすぐに取ってしまうのだろう と、セキはガチガチと歯を鳴らしながら考える。
「お がみさ 」
「 ────なんだ」
ぼそ と返った返事に顔を上げると、倶利伽羅を背負った背中がぐっと盛り上がって大神が起き出すところだった。
口の中を切ったのか、顎まで垂れる赤い血を乱暴に拭って王を睨みつける。
「お が み、さ っオレ オレはっ王様のオメガなんかになりたくありませんっ! 大神さんじゃなきゃ嫌です! オレは大神さんのオメガです!」
「 そうか」
大神は喋りにくそうにそれだけを返すと、睨みつけた先に向かって拳を振り上げた。
「そんな大振りで ────っ」
一瞬、王が怯んだのは目の前に散った赤い飛沫のせいだ。
大神の拳を避けようとした瞬間、顔に吐きかけられた血は王の視界を塞いでたじろがせる。
反射的に手で拭おうとする前に、大神は畳みかけるようにして手の中の土を投げつけた。
「────っ⁉ な……っ」
「 この争いはつまりアレだ、殺しを しなければ ……なんでもありと言う話なんだろう?」
怯んだ隙をついて大神の腕が王の服を掴んで引きずり倒すと、戸惑いのない動作で腕を首に絡める。
しっかりと首に入ってしまえば、体格の大きい大神の腕を振り払うことができず、王の喉がひゅっと鳴った。
「お綺麗な、ルールのある、殴り合いだけの、闘いじゃあないなら ────簡単だ」
力を込めたために膨れ上がったように見えた大神の腕が、容赦なく首を締め上げていく。
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