210 / 425

赫の千夜一夜 75

 床に転がされていないだけましだったが、汚れているのにそのまま寝台に放り込むと言うのも大神には理解できなかった。 「入る」  一言それだけを返すと、クイスマは「いつでもどうぞ」と告げて気配を消す。  もしかしたらそこにいないのかもしれないし、部屋の隅で控えているかもしれなかったが、大神はそんなことどうでもいいとばかりに、セキを抱き上げて寝台を降りる。 「セキ様の準備をお手伝いいたします」  やはり気配を消していただけのクイスマが、そっと足音を立てずに大神へと近づいて頭を垂れた。  セキは昨夜着ていた黒にも見える深い赤色のストゥーフをまとっていて……普段着ているものとは大きく造りが違うのだから、脱がすのに手間がかかるだろうと思っての申し出だった。   「……いや、俺がする」  けれど、大神はそれを突っぱねるように断り、湯殿と教えられた方へと向かう。  そこまで装飾が必要なのか、やはり理解できない扉を通り過ぎ……大神はぱちりと目を瞬かせる。  目の前に広がる風の吹き抜ける室内温水プールのような広さの湯船に、うんざりと片眉を上げて背後のクイスマを振り返った。 「これが王宮の標準でございます」 「無駄もいいところだな」  ぼやくような言葉にクイスマは涼しい笑顔で返し、入浴の準備を整えると頭を下げて出ていく。  体に巻きついていた布をほどいたと言うのにセキは起きる気配がないまま、大神の腕の中ですぅすぅと健やかな寝息を立てている。  泣きじゃくったのか涙の痕と腫れぼったい目元に視線を落として、大神は小さな溜息を吐いた。  風呂 と言うよりは本当に温水プールのようだと、大神はぼんやりと蒼い空を見て思う。 「お湯の中で目が覚めるとは思いませんでした」  そうぼやくように言いながら、セキは大神の胸の上でぱちゃぱちゃと水面を弾く。  体についた土を洗い流すところまでは起きなかったセキだが、さすがに湯船につけられれば目が覚めて、さっきからこんな調子だった。 「起こしてくれればいいのに、大神さんのえっち、えっち、えーっち!」 「裸ならもう何度も見ているだろう」 「裸にする工程がえっちだって言ってるんです!」  ぷくー……と頬を膨らませると、セキはまた大神の胸に頬をつけてしまう。  目覚めたならば離れればいいのにと思いながらも、大神はそれを言わないままだ。  しかたなく、セキを胸の上に横たえさせたまま頬杖をつこうとして思いとどまる。  盛大に口の中が切れていたのを思い出し、うんざりした気分で天井を仰いだ。  その先にはやはり緻密な絵が描かれており、天井だと言うのに空が描かれているのはどう言うことだとぼんやりと思考を巡らせる。

ともだちにシェアしよう!