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赫の千夜一夜 76

 静かに湯船に腰を下ろしているのはべったりとセキが貼りついて離れないせいと言うのもあるが、頭が痛いからだ。  昨夜、王に殴られたダメージは大したことはなかったが、あの酒からもたらされた二日酔いは厄介そうだった。 「んふふー、いい気持ちですね」 「ああ」 「勝った後だから余計にそう思うんですかね?」 「さぁ」 「大神さん、強かったです!」 「……いや、向こうがなんだかんだと、喧嘩慣れしていなかっただけだ」  そう言うと定型のような殴る蹴るだけだった昨日の諍いを振り返り、遠慮せずに最初に目を潰しておけばよかった……と呻く。 「怪我……大丈夫ですか?」 「問題ない」 「でも昨日ふらふらだったから……」 「アレは酒のせいだ」  未だに鈍い痛みを訴える頭を押さえて、また溜息を吐く。 「やっぱり痛いんじゃないです?」  セキは痛そうな顔をして大神の顔に手を伸ばそうとして……怯えたように手を引っ込めてしまう。  切れていた瞼の部分はそこだけ綺麗に拭われて手当がされていたので、それ以外に手当らしい手当をしていないと言うことは放り出していても大丈夫と判断した結果なんだろうと大神は痣のできた部分を見た。  部分的に内出血が起こっているのだから押さえれば痛みはするがそれだけで、命に別条がないなら問題にする必要もない。 「痛みはない」 「じゃあ、ベロちゅーできますか?」  強情な! とでも言いたげにセキは怒り顔でツンと唇を突き出した。  昨夜、大神が口の中を盛大に切っているのを知っているんだと、きりっとした顔で睨みつける。 「……してもいいが、いいんだな?」  そう言うと大神は親指を立ててくいっと後方を示す。  きょとんとした顔のままセキが視線をやると、衝立の向こうで鮮やかな金髪が申し訳なさそうにぺこりと揺れる。 「ひゃっ! あ、大神さんを見ちゃダメですっ!」  セキが大げさに飛び上がったために盛大に水しぶきが上がり、二人とも頭からぐっしょりになってしまう。  大神は盛大に顔をしかめてから、やはりはぁと重苦しい溜息を吐いた。 「……すみませぇん…………溜息ばっかりですね」 「気にするな」 「やっぱり、昨日言ったこと……気にしてますか?」 「……昨日言ったこと……」  ぽつんと繰り返して大神は厳めしい顔のままセキを見下ろす。  何か期待してじっと待つセキが、嫌な予感にそろりと「覚えてます?」と尋ねる。 「俺が勝っただろう」 「はい! 大神さんが勝ちました!」  張り切って答えたセキだったが会話はそれ以上続かない。    

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