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赫の千夜一夜 77
「お、大神さんが、オレのこと皆になんて言ったか、覚えてます?」
「…………」
随分と沈黙を経たのちに、「死ななければ問題ない」と返す。
「それじゃあ話が変わってきちゃいますよ! オレがコテンパンにされちゃってるじゃないですか!」
再び盛大に飛び上がったために、先程と同じように頭から水を被った大神は険しい顔でセキを見上げると、もう一度溜息を吐いて湯殿を出て行ってしまった。
「御気分が優れましたら、お顔を見せて欲しいと陛下から伝言を託っております」
清潔に整え直された寝台に戻ろうとする大神にクイスマがそう伝える。
「……では今から伺うと伝えてくれ」
「ええ⁉ 今からで大丈夫なんですか⁉」
「ああ。面倒なことは先に済ましておくに限る」
バタバタとバスローブを羽織って駆けてくるセキにそう言うと、大神はむっつりとした表情のままクイスマの促しに従って着替えを始める。
「オレの服は 」
「お前は留守番だ」
「えーっ⁉ ついていきますよ! だって、……手を離さなかったのは大神さんじゃないですか」
もじ と照れくさそうにセキは言う。
昨夜の決闘が終わった後、セキを抱きしめて動かなくなった大神は治療のためにと引きはがそうとしたが離れず、最終的に瀬能の鶴の一声でそのまま寝台へ運ばれた経緯を思い出し、顔を赤くしてへらへらと笑みを漏らす。
「……ちょっと、なんで『は?』みたいな顔してるんです⁉ 本当に覚えてないんですか⁉」
「目を潰しておけばよかった」
「オレの目が潰されちゃうじゃないですか! 第一そんなこと言ってなかったじゃないですか! そうじゃなくてっ!」
拳を作って見上げるセキの頭をぽんと叩き、大神は同じように溜息を吐く。
「大人しくしていろ」
少しぴりっとした空気に怯んで、セキはそれ以上何も言わないままにシュンと項垂れて引き下がる。
「よろしいのですか?」
「……ああ」
「目を離した隙に何か と考えることは?」
「腕の力を抜いたのは慈悲だ」
大神は立ち止まり、先導しようとするクイスマを冷ややかに見下ろす。
すでに一度敗れ、目撃者のいる中で相手に温情をかけられた王が、更に悪態を吐くのかと説いたげな目にクイスマは優雅な微笑みを零して返した。
「冗談です」
極上の紫水晶の瞳を柔和に細め、大神の威圧的な態度など何もなかったかのようにさらりと長い指先を伸ばして大神を促した。
部屋へ入った時に感じたのは質素な だった。
「ああ、目覚めたのか」
白い衝立のような壁に阻まれた向こう側から声をかけられ、大神はクイスマを振り返る。
クイスマは部屋の中に立ち入ることはせずに、「お進みください」とだけ告げて深く頭を下げた。
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