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赫の千夜一夜 79

「慈善事業は行ってはおりません」  硬質な表情に王は再び吹き出し、痛みに盛大に顔をしかめた。 「こう言う時に恩を売っておくものだ」 「恩はセキに感じてください」  それだけを言うと大神は話は終わったとばかりに背中を向けてしまうが、今度は王も引き留めることはなかった。  クイスマの先導で再び部屋へと戻る。  楽園のように花が咲き誇り水の溢れる中庭と、塵一つ落ちていない磨き上げられた宮殿と、絵画から抜け出してきたような宝石に負けない美しいΩと……  眩しく降り注ぐ日の光は砂漠の国だと言うのに人を痛めつけるような雰囲気はなく、その明るさに反して柔らかく感じる。  麗らかすぎるそこは、口の中の痛みがなければ夢かと思ったかもしれない。   「お部屋に王妃陛下がいらっしゃっております」 「……ならばどこかで時間を潰したい」 「お会いには?」 「部下と連絡が取りたい」  王の番に対してぞんざいだと怒りもせず、クイスマは「御用意しております」と言って歩き出した。  突然行き先を変えたと言うのにクイスマの動きは迷うことがなく、するすると歩いては中庭の渡り廊下に進む。  そこは大神の記憶では王と殴り合った場所のはずなのに、昼の日差しの下にわずかの痕跡もない。  わずかに歩調を緩めて、一晩の内にあれを元に戻したのか……と顔をしかめる。 「duelo de silentoは秘めごとですので」  しゃらりと耳飾りを鳴らしながら振り返ると、クイスマは大神の心の内を読んだかのように疑問に答えた。 「決して漏れてはならない、それがduelo de silentoです」 「その割には見物人が多いようだったが?」  兵士は然り、瀬能もその場にいたはずだ……と、そう言えばと思い出す。  顔を見た時には随分と酒が回っていて記憶の片隅に追いやられてはいたが、この王宮に来ていたはずだ。 「けれど秘密は漏れません」  そう言いつつも瀬能が説明をしていただろうと口には出さずに心の中でごちる。 「先生は?」 「ドクター瀬能は王宮内の図書室に籠られております」 「あぁ」  何のためにここへ来たのか……もしかしたら本人は目の前の見慣れぬΩの話が書かれた文献に夢中で忘れているのかもしれない と、あの呑気そうな顔を思い出して考える。 「こちらでございます」  連絡を取りたいと言っただけで随分と歩かされたが、示された先は重厚な模様の施された扉の前だった。  怪訝な表情の大神を置いて、クイスマは細腕を伸ばして重そうな扉を押し開ける。 「  ────っ! 大神さんっ!」  中から聞こえたのは今にも泣き出しそうな直江の声だった。      

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