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赫の千夜一夜 82

 けれど、そんな中で瀬能の態度だけが違っていて…… 「……だから、先生に診てもらいたかったって、こだわりはあったかな。日本を離れる気はないらしいし」 「じゃあやっぱり往診だよ!」 「はは、日本とどれだけ距離があると思ってんだよ」 「プライベートジェットとか?」  きりっとした表情で、今までの自分達の生活からは考えもしなかったようなことを言うセキに、ハジメは更に「はは」と笑い声を漏らす。  幼い頃ならそんな夢も見ただろうが、大人になった今は現実ばかりが頭の中を占めてそんな夢物語を考える余裕すらない。   「王様におねだりしてみたらいいじゃないですか」 「それもありだな」  重苦しい空気が少し軽くなったところで、セキは姿勢を正して真剣な面持ちで切り出した。 「でも、不安なことはしっかり王様と話し合った方がいいよ。自分一人じゃ思いつめちゃうし……オレが考えただけでもこれだけおかしいところのある話だもん、きちんと話たら全然違う内容なんじゃないかな?」 「話……」 「うん、した方がいいよ」  誤解は小さい内に解いておかないとどんどん大きくなってしまう、そのことを思いながらセキは背中を押すようにうんうんと頷いてみせる。   「……朝、顔合わせるの断っちゃったんだよね」 「えっ気まずーい」 「気まずいって……そりゃ、妊娠中に新しくオメガを迎え入れるって騒いでたら……顔、見たくなくなるだろ」  軽い返事を返したものの、その渦中の中心と言うか元凶だったことを思い出してセキはぱくん と口を押えた。 「せめて、あのやくざがあかの首でも噛んでてくれたら違うんだろうけどな……俺の複雑な気分をわかってくれ」 「大神さんはベータだから噛んでも意味ないよ?」  きょとんと首を傾げると、変なコト言うね とセキはけらけらと笑って返した。    子供のようにぶーたれた瀬能を背に、大神は王へと向き直る。 「本当に君は丈夫だな」  空港を吹き抜ける風によろけそうになったところを侍従に支えられ、王は昨日の殴り合いなど何もなかったかのように揺るがずに立つ大神に苦笑を向けた。  傍らには王族専用に用意されたジェット機が用意されており、そこに乗り込むところだった。 「殴られ方を知っているからでしょう。勿論、殴り方も心得ています」 「はは」  力ない笑いは風に今にもかき消されてしまいそうだ。 「フェロモンを使えば、勝つこともできたでしょうに」 「…………そうか」  一言返すけれど、王は静かな笑みを浮かべたままだった。 「それでは、失礼します」 「ああ」  なんの礼も取らずに背を向けようとした大神に、ハジメは「待って」と声をかけた。  

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