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赫の千夜一夜 84
「私から見て、王妃様はベータのように見えるのですが……とは言え、アルファのお子様が宿っていらっしゃるようですし……実は女性だったりするんですか⁉」
直線的な体つきに男だとばかり思っていたけれど、うたがそうであるように珍しいと言ってしまえる割合だがΩの女性だっている。
Ωは元々、中性的な外見をしている者が多いため、間違えてしまったのかと直江は慌てた……が、「あれ? でも日本人男性が嫁いだって……」と思い出したニュースの文言を呟く。
「しぃー……機密事項だよ」
「えっ」
やんちゃな子供のような笑顔を見せて、瀬能は直江に向かって指を一本立ててみせた。
クイスマ達に飾り立てられようとするのを逃げに逃げて、セキは一人先にジェット機へと乗り込んでいた。
人のいないがらんとした機内のゆったりとした座席で横になるセキは、大神が近づいてもピクリとも動かずに健やかな寝息を立てている。
この国に来て発情があり、王宮に連れ去られるように来て、古い知り合いと再会し、突然王に望まれたのだから体が疲れるよりも先に精神的に疲れ果ててしまったのだろう。
大神は額にかかった黒髪を指でそっとずらすと、端整な顔立ちを眺めた。
Ωらしいと言ってしまえば乱暴な言い方だったが、Ω特有の美しい顔立ちをしている。
出会った頃よりも肉のついた体は直線的であるが官能的な丸みを見せる箇所もあり、魅力的かそうでないかは……大神が必死にマーキングしなくてはならないほどだ。
「……あか」
二人だけの名前だと思っていたが今回のことで随分と呼ばれた と、大神は面白くない感情を持て余すように顔をしかめる。
かつては生きた宝石と称されたこともあるΩを眺めて、このΩの為に一国の王が国を差し出そうとしたのだと思うとほの暗い優越感が染み出し、したたり落ちて溜まるかのようだ。
「お前は国を譲らせるほどの価値があるオメガらしいぞ」
寝ているセキの耳元で流し込むように囁けば、わかっていないのに口がむにゃむにゃと動いて何事か返事が返る。
艶のあるさらりとした黒髪を撫で、桃のような頬に手を滑らせてやると少しくすぐったかったのか、セキが身じろいでうっすらと目を開く。
至近距離に大神の顔を見つけて、一瞬夢か幻かと思ったのだろう、指で大神の頬をちょんちょんと突いて確認し、まだ目が覚め切らない表情でしまりのない笑顔を見せる。
もごもごと口に出して何かを言うも、それは寝言よりも曖昧な言葉だったためか形にならずに消えてしまう。
小さな子供のような姿に大神は一瞬、口の端に笑みを浮かべ……毒を流し込むかのように、小さな貝殻のような耳に囁いた。
「お前は、俺のオメガだ」
END.
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