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落ち穂拾い的な 立てこもり

「瀬能先生!」  そう声をかけ、直江は辺りをきょろきょろと見てから、叩くのが恐ろしくなるほどの彫刻の施された扉に拳を叩きつける。  静まり返った王宮内に響き渡るそれは、無粋の一言で表現してしまえるほどその場にはふさわしくなかった。 「せのう、せんせっ!」  押し殺した大声で扉に向かって声をかけると、やっと「は~い」と言う呑気な声が返る。  直江は返事が返ったのだからすぐにでも顔を見せるものだとばかり思って、扉の前で待機し……待機し…… 「先生⁉」  再び扉を叩く羽目になる。 「時間が差し迫っていますよ! もうそろそろ準備をされて空港に向かわないと  」 「ええー……だって、まだ全部読めてないよ?」  飴色の扉から顔をひょこりと覗かせた瀬能はそれだけを言ってまたぱたんと戻ってしまう。  直江からしてみれば「だからどうした」だったが、瀬能からしても「だからどうした」状態だった。 「帰れなくなりますよ!」 「何とでもなるからいいよーほっといてー」  まるで小さな子供のようだ と直江が青筋を立てそうになった時、カツリと廊下の向こうから音が響いた。 「ドクター瀬能は随分とそこが気に入ったようだな」 「こ、国王陛下……」  大神とはまた次元の違う威圧感に押され、直江は自然と礼を取って廊下の端へと下がる。  頭を垂れた先に王の白く宝石のついた爪先が見え、びくりと肩を揺らした。  抑えようとしても抑えきれないフェロモンだ と、直江は目を眇めながら吹き出す汗を感じる。  大神からこの国にいると連絡をもらい、付け焼刃ではあったけれど知識をかき集めて……この国の王がαの集大成のような存在なのだと知ってはいたが、傍に立たれただけでそのプレッシャーに負けそうだった。  御付の人間がそっと扉を開けると、本を片手に考え込んでいる様子の瀬能が見える。 「そこが気に入ったのならば、一つ提案があるのだが」 「    提案でございますか?」  間があったことを思えば、瀬能の中で王の話を聞くかそれとも本を読み続けるかで葛藤があったようだ。 「ハジメを診てもらいたい」 「検診するにはやや遠いように思われますがね」 「それはこちらから、都度迎えを遣ろう。そしてこちらに来た際はそこを堪能してから帰るといい」 「…………」  沈黙は読書に夢中になっているからかそれとも提案を天秤にかけているからか……直江は瀬能のことだと言うのに胃が痛む気がしてそっと腹を押さえる。  大神もそうだが瀬能もこの状況で一国の王をぞんざいに扱いすぎではなかろうかと、唇を噛みしめながら様子を窺う。

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