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ケダモノの聖餐 7

 案内された先には小さな子供のプールほどの池があり、その中には泥水が入っていた。 「ね?」 「見えない」 「えエー」  ベスは酷く残念そうな声を上げるけれど、目の前にあるのはただの泥水だ。  そこに光が当たって鏡面のようになり、自分たちの奇妙な姿が映っているだけ…… 「ドんな花が咲くか、楽しみ。先生ハ原種って言っテた」    植えた種が芽を出すのを待ちわびる様は、小さな子供のようだった。  その隣に同じように腰を下ろして、レヴィは興味なさげにふぅんと首を傾げる。  にこにこと機嫌のよさそうなベスを見て、何も不自由はないこと、楽しそうに暮らしていることを確認できてレヴィはほっと胸を撫で下ろした。  ────ここは、ベスの暮らす世界だ。  ベスの世界はここがすべてだしここで完結する。  ベスはここの外には出ないし、出ることはしない。  自分がどれほど奇異な外見をしているのか、それを一番理解しているのはベス自身だ。  人の目に触れ、それがどのような色を浮かべるか、どのような言葉を発するか……まるでフランケンシュタインのようにつなぎ合わされた体はそれを嫌と言うほど知っていた。  ゆえに、ベスはここで独り、蓮の管理と墓守をしている。 「お茶、どウぞ」  小さなマグカップを受け取り、レヴィは中の湯を飲む。 「嬉シいな」  ここに来る人数は極端に制限されていて、人が来る日の方が少ないくらいだ。  ベスが久しぶりにこんなに喋った と笑うと、棚に飾ってあった写真立てを取ってにこにこと笑いかけた。  小さな子供が三人、白いテルテル坊主のような服を着せられて映っているそれは、ずいぶんと古いものなために色あせている。  辛うじてわかる子供の顔はどれも固く、お世辞にも写真を取られることに楽しみを見出しているようではなかった。 「レヴィと、僕ト、ジズ。小さいネ」 「前回も同じこと言ったぞ」  え⁉ とベスは慌てるが、一人でこの空間にいると話題に出せそうな事柄は限られてしまう。  自分がどこで足を滑らせた とか、この花が咲きそうだ とか、そう言った話しかベスは持っていなかった。 「……うん、ホント小さイ」  懐かしむように表面を撫ぜ、ベスは管理人室のベッドに腰を掛ける。  写真の舞台はベスにとっては酷く忌まわしい場所であったけれど、三人で過ごすことのできた貴重で短い時間はその施設内だけだった。  だから、三人の記憶を思い描こうとするとどうしてもその施設がちらつき、幸せではあったけれど同時に非常に恐ろしい記憶を思い出すことになる。

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