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この恋は不幸でしかない 3

「いま……たけおみくんが来ますから……」  睨まれているわけじゃない。  なのに穂垂の体からは冷や汗が伝い、視線が動いて肌の上を辿るのを感じる度に鼓動が跳ね上がるようだった。  暑くなっていく日々に出会った運命の相手との逢瀬、わずかに触れ合うだけの時間と……我儘を言って触れてもらった項に残る記憶。  それから、運命の相手から伝えられたメッセージと……  穂垂は視界が回りそうな気分になって思わず壁へと手をついた。 「あ! きょうはぱ……おとうさんなの   ですか?」 「ああ、お母さんはお仕事が抜けられなかったそうだ」  硬質だった穂垂に向けるのとは違い、柔らかな視線をたけおみに向けると「ありがとうございました」と頭を下げる。  まるで、初めて会いました と言わんばかりの態度に、穂垂は戸惑いながら返事をした。  「き を、つけ  さようなら」  傍で聞いていたら明らかに不自然な声だったが、今日は同僚がいないためにそのことを尋ねる人間はいない。  たけおみはちょっと穂垂の方を振り返るようにしてから、手を振って父親の手に引かれて帰っていき…… 「…………たけおみくんの、お父さん……」  穂垂に運命の相手からのメッセージを託ってきた男を見送りながら、ぽつんと言葉を零した。  たけおみの父親は、彼の又甥だと言っていた。 「又甥……だから、祖父母の兄弟 なんだっけ?」    甥も姪もいない穂垂にとっては随分と遠い関係性に思えたけれど、αは家系を重んじる家もあると聞いたこともあるので、一般家庭の自分とは感覚が違うのかもしれない と思う。  あの日、たけおみの父親がメッセージを預かってきたのが彼に関する最後のやり取りで……  自分と会うのが面倒になった と突き放すように伝えられた言葉が、穂垂と運命の相手との最後だ。  祖父と孫ほども年が離れていたために何某かの深い関係が出来上がるとは思ってもいなかったが、初めて出会う他人の口からの言付けで終わる関係だとも思っていなかっただけに、穂垂は拭いきれない空虚さを抱え続けていた。 「尋ねたら、教えてくれるかな?」  ワンルームで独り暮らしの独り言に返る返事は当然なく、穂垂の言葉は消えていく。 「あの人の、……あの人が元気かどうかだけでも、知ることができたら……」  それだけで幸せになれるのに と言う言葉を飲み込みながら、穂垂はぎゅっとうずくまるようにして自分の膝を抱えた。    たけおみの迎えに父親が来るのは特別な時のみだった。  普段は母親の送り迎えだったが、会議等でお迎えの時間に間に合わない時のみ彼が迎えにくるようだ。  

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