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この恋は不幸でしかない 4
幾度か機会を窺い……けれどその圧倒的なαとしての立ち居振る舞いがそうさせるのか、自分が向かうよりも先に他の同僚が話しかけに行く。
園の保護者と保育士の間に何が起こると言うわけではなかったけれど、それでも目の保養となるのは確かで……時には我先にと人を押し退けるようにして駆け付ける人もいる。
そんな状態だから、せめて一言尋ねるだけだと言うのに、そのタイミングをなかなか掴むことができずにいた。
保護者の身内のことについて聞こうと言うのだから人目を避ける必要があったが、最初の時のような状況は作ろうとして作れないままだ。
追いかけて行って話をすることもできただろうけれど、それを同僚に見られたら何を言われるかわからない。
保育士と言う、まだΩが受け入れてもらいやすい就職先に入れたのだから、α漁りとか噂を立てられたくはなかった。
「ほたるせんせい、おなやみ ですか?」
大きなスポンジの積み木を抱え上げたまま、つい考えに耽ってしまっていた穂垂に拙い言葉がかけられる。
さっと見下ろすと、子供らしい大きな瞳に心配の色を浮かべたたけおみが真っ直ぐに穂垂を見上げていて……
「大丈夫だよ」
膝をついて真正面から見ると……父親によく似ている。
年齢差が大きいのもあって、彼とたけおみの父親が似ているかどうかはピンとは来なかったけれど、それでもたけおみの真っ直ぐに人を見て、微笑む時には柔らかく目を細めるクセは彼とよく似ていると思った。
ほんのわずかだけれど、父親を通じてたけおみに彼と同じ血が流れているのだと感じると、ほっと胸が温かくなる。
「たけおみくんのお顔を見れて、元気になりました」
「ホント⁉ あっ……ほんとうですか? うれしいです」
にこぉ と溢れ出るような満面の笑みにつられて笑顔になると、ますますたけおみは嬉しそうだった。
こつこつ と日誌の表紙をペンて叩く。
辺りは静かで、傍らにいるのはたけおみだけだった。
窓から見える景色はもうすでに暗い闇に沈んでいて、本来ならこの場所に児童が残っているはずのない時間帯だ。
静まり返っているからか、たけおみは風の音にびくりと跳ねあがると、青い顔でオモチャを放り出してこちらへと駆けてくる。
「おばけのおとがしました」
「ただの風だよ、大丈夫」
こんなやりとりの遊びがあったなと小さく笑いながら、自分にしがみついてくる小さな存在を抱きしめた。
小さな体は穂垂の体温よりも温かく、安心させるつもりだったのに自分が安心していることに気づく。
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