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この恋は不幸でしかない 7

「今日もいっぱい遊んで疲れたんですね」 「抱っこされたからです」  「は?」と穂垂が振り返る。  明かりを落とした園の廊下は今にも闇に飲まれてしまいそうな雰囲気で、その中に立つ彼の表情は朧気ではっきりとわからない。  穂垂は窺うように顔を傾げ…… 「あ……そうですね、子供って抱っこされると寝ちゃいますね」 「貴方だから眠ったんですよ」 「それだけ、信頼してもらっているんですね。嬉しいです」  抑揚のない言葉はそんな意味ではないと思わせたけれど、真意がわからない穂垂からは無難な返事しか返せない。  一日園で遊んだ子供が疲れて、抱っこされている内に眠ってしまうなんて普通にあることなのに、小さな棘のようにチクチクと引っかかる。  走ったせいか熱の引かない頬を手の甲で擦りながら再び歩き出そうとして、今がいいタイミングなのでは? と振り返った。 「あの、お聞きしたいことが ────えっ⁉」  どん! とぶつけた鼻先に驚いたと同時に腰を抱き込む腕の感触に飛び上がる。 「す、すみま せ  」  急に振り返ってしまったからだ……と慌てて体勢を立て直そうとするも、がっしりとした腕は離れそうな気配を見せてはくれない。  保護者と保育士と言うにはありえない距離に、穂垂はあわあわと身を捩る。 「あの っ東条さん⁉ 手を   」  ふっと鼻をかすめた香りに一瞬で体が縛られてしまう。  深く吸い込む前に息を止めたけれど、わずかに入ったソレは肺から吸収されて血に乗り、全身に回るのが瞬時にわかってしまった。  穂垂はさっと腕を突っぱねようとしたけれど東条の腕はそんなことではびくともしない。 「東条さん! っ……どうして……」  降り始めた雨のような、しっとりと重い匂いに目が回りそうになり、穂垂は慌てて首を振って引きずられそうな意識を引き戻す。 「どうして は、こちらの言葉です。こんなところでヒートのフェロモンなんて……」  ぐぐっとのしかかるようにして首を下げられると、それだけで覆い潰されてしまいそうな恐怖を感じるほどに、東条の纏う空気が変わる。 「そ それは  退勤した   ほ、い  」  保育士のもので……と言う言葉が出る前に、力任せに壁へと叩きつけられる。  首筋に埋めるようにして伏せられた頭から微かに整髪料の香りがして…… 「ぅ  」 「コレは、今この瞬間、貴方から溢れているものだ」  首筋の空気がすぅっと動いて冷たい軌跡を描く。  すんすんと鼻を鳴らすような独特の匂いの嗅ぎ方は、αがΩのフェロモンを嗅ぎ取ろうとして行われる行動だった。    東条が、自分から発情のために溢れたフェロモンを嗅ぎ取ろうとしている。

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