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この恋は不幸でしかない 17
穂垂は混乱したまま引き戸を懸命に押すように揺さぶっている。
普段ならばなんてことはないような扉の開閉に気づきもしない様子は、穂垂がどれほど今の状況に対して正気を失っているか教えるには十分だった。
「力任せにすると壊れる」
「ひっ」
背後から伸びた手に悲鳴を上げるも、東条の手は穂垂ではなくその向こうの扉をさっと開けるために伸ばされたもので、穂垂は一瞬呆けたように東条を見上げて……転がるように駆け出す。
足マットがあるとはいえ濡れた足は滑りやすく、駆け出した穂垂は数歩駆けたところでずるりと滑ってバランスを崩してしまった。
「穂垂!」
床か洗面台へしたたかに体をぶつけるだろうと覚悟していた穂垂は、硬い床ではなく温かな腕の中で守られるように倒れている自分に気づき、再び悲鳴を上げた。
「穂垂!」
「っ!」
「落ち着いて」
「ぉ……落ち着いてなんて……僕……っだって、こんな……」
湯気を上げるお互いの体には情事の後が残り、どれだけ睦合ったかがはっきりわかる。
けれど、それは穂垂にとって同意の上のものなんかじゃなくて……
「っ っ、は、離してっ! 僕っ……僕を……」
「穂垂」
慈愛を込めたように名を呼ばれ、穂垂はどきりとしてもがく動きを止めた。
情事中も繰り返し名前を呼ばれ、それだけで嬉しかった という記憶がある穂垂は更に深まりそうになる混乱を避けるために慌てて首を振る。
「やめてくださいっ! ……ふ、不適切です」
「何が?」
「な……名前、を、呼ぶこと です」
自分のことを自分で口に出したから、穂垂はわずかに混乱が凪いで今のこの状況のことを少し冷静に思うことができたようだ。
「ぼ くは……保育士で、だから、園児の父親……保護者の方とこんなこと、してはだめ、なんです!」
言いながら穂垂はどんどんと鮮明になっていく自分の思考と、そして断片ばかりが大量にある東条との濃密な発情期間のことを思い出して叫ぶように声を上げる。
「だから ……だから 」
「だから? 過去を変える?」
「な、何を……」
「君はヒートを迎えていたのに抑制剤も飲まず、汗をかきながらアルファの目の前に現れた」
穂垂は東条のカチンとくるような言い回しに、はっと息を飲む。
「薬 は、飲んでいました。欠かしてはいません」
思いの他強く出た言葉に、東条はぱちりと目を瞬く。
「子供を預かる職業です、自分自身の……ましてやヒートに関しての管理を怠ったことはありません」
でなければ、この社会でΩが仕事に就くことは難しい。
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