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この恋は不幸でしかない 18

「だから、  」 「だから?」  促された先の、「だからといって過去は変わらない」の言葉に穂垂は震えながら俯いた。  攣るように感じる首の後ろの痛みも、この年になって初めて満たされたと感じている腹の底のことも、すべては現実でしかない。   「それ、に  僕は、あの人の 番ですっ」  どん! と東条を突き飛ばし、穂垂はにじるようにして距離をとる。  途中ではっと自分がどんな姿をしているかに気が付き、わずかでも隠せないかと自身をぎゅっと抱きしめた。 「では私の歯形はつかないな?」    湯から離れた肌は急速に熱を失って、ひやりと感じる。 「  ……っ」  小刻みな震えに抗えず、穂垂は押し潰されるようにして床へと突っ伏した。  東条がわかっていて言った言葉は穂垂の喉を詰まらせるのに十分だった。  彼は、もう項を噛めるような年齢ではなかった……  二人で逢瀬を重ねたベンチに訪れることですら、重荷になるほど体力のなかった彼が穂垂と共に発情期を迎えられるわけもなく……彼が穂垂に行ったのは、項へのキスだけだ。  そんなことで番契約が結ばれることがないのは、αやΩならよくわかっている。  相手に欲情するのも、相手の項に傷を残そうとするのも、すべてはバース性の本能なのだから。 「僕 は  ……っ」    穂垂は涙が溢れる目で東条を睨みつけ、「それでも彼の番でいたかった」と慟哭のように叫んだ。 「僕の、服はどこでしょうか」  背後から近づく穂垂の気配に気づいていた東条は、殴られでもするのだと思っていただけに話しかけてきたことに少なからず驚いていた。  泣き叫ぶ穂垂にバスタオルを被せ、東条はキッチンで水を飲んでいるところだった。  いつも子供たちを見て柔和に弧を描いていた目は擦ったために赤く腫れあがり、柔らかな頬は涙の痕でカサついている。  子供と視線を合わせてきらきらと光っていた目は、淀むような闇を宿してどこかぼんやりとしていた。  明らかに、様子の違う様に東条は首を振る。 「服はボロキレになったから処分したよ」 「……」  大きな東条の手がどれほど乱暴に服をはぎ取ろうとしたかを思い出し、穂垂は引き結んだ唇に更に力を入れた。 「それよりも少し水分を摂った方がいい。携帯食とミネラルウォーターしか置かれていなかったから、温かいものと果物も届けさせるから一緒に食べよう」 「服をください」  声が上ずりそうになるのを抑え込んだ様子で穂垂は繰り返し、バスタオルを握る手に力を込める。  厚手のものだったそれは東条から身を守ってくれるほど頼りにはならなかった。

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