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この恋は不幸でしかない 21

 お互いに抑制剤を飲んで自衛していた上で起こったことならば、もうそれは運が悪い事故に遭ったようなものだ。  相手が加害者だと非難するのも、自分が被害者だと叫ぶのも違うことに穂垂は言葉を淀ませて押し黙る。 「……っ」  言い返せなくなった穂垂は無意識に首を押さえてうずくまった。  むき身の傷跡は指に触れるとそれだけで肌が粟立つような嫌な痛み方をする。 「でもっ……僕は、あの人の番なのに!」  叫ぶ穂垂は今にも倒れるんじゃないかと思えるほど鬼気迫る姿だったが、それとは裏腹に東条の目は冷ややかだ。  自分が噛んだ首の傷をはがそうとするかのように触れる姿は、拒絶以外の何物でもない。 「……噛めないαは、Ωの番にはなれませんよ」  東条はどこかつんと突き放すように告げると穂垂をさっと抱え上げる。 「 なっ!」 「空調はされているが冷えるとよくない。ベッドに戻ろう」 「降ろしてください! どちらにしてもこれが事故である以上、お互いなかったことにするべきです!」 「なかったことに? 私たちは番になったのに?」  どこか違う世界線で話をしている気分になりながら、穂垂はぶるぶると首を振った。  幾ら項にその印がなかったとしても、自分の番はもうとっくに決まっている。 「このまま破棄で構いません……」 「簡単に言う」  わずかに嘲笑を含んだ声音は穂垂の神経を逆なでするのに十分で…… 「貴方の番にはならないと言っているんですっ!」  空気を裂くような叫び声は鋭く、さすがの東条も眉間に皺を刻む。  不愉快さを見せている表情だったが、穂垂をじっと見る透明な瞳はそれだけではない難しい色を浮かべていた。 「では、死にたいと?」 「えっ」  αと番契約を結んだΩは心身共に充足感を得られる代わりに、その番契約が破棄された途端にどうしようもない孤独感にさいなまれ、激しい発情期を一人で乗り越えなければならないストレスと、寂寥感を抱えて心を病んですり減らし、やがて衰弱死する。  バース性の人間ならば教育機関等、どこかのタイミングで必ず教えられることであり、それを穂垂が知らないとは考えにくかった。  東条は真剣な面持ちでじっと穂垂の返事を待つ。 「……死に、ません…………もともと、あの人と会えなくなって、僕は番を破棄されたような状態でしたから」  彼に出会ってからきつくなった発情期も寂寥感も、辛くはあったがそれが彼の与えてくれたものだとわかっているから苦ではなかった。  むしろ、会えなくなった今では、その苦しみや切なさだけがあの人と自分を繋いでいるもののように思えて、幸せだとも感じている。

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