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この恋は不幸でしかない 24
一番に考えなくてはいけない子供の前できつい調子で声を上げるなんて、してはいけないことだった と無理矢理笑顔を作ってみるも、たけおみの困惑した顔は変わらない。
「あ……えっと……おはようございます、たけおみくん。お父さんにいってきますしようか」
「……」
びく と怯えにも見える様子を見せてから、たけおみは東条に向けてささっと手を振って走っていってしまう。
いつもなら「ほたるせんせいといく」と言って手を引っ張るだけに、やはりいつもと態度が全然違っている。
「 たけおみくんに何かありましたか?」
叶うならば話しかけないまま逃げてしまいたかったけれど、保育士なのだからと気持ちを押し込めて穂垂は尋ねかけた。
昨日、逃げるようにして飛び出してから丸一日と経っていないはずなのに、きちんと身なりを整えた姿を見ると穂垂はなんとも言えない重苦しい気持ちになった。
押しつぶされそうな圧迫を胸に感じながら、穂垂は東条の言葉を待つ。
「……貴方から、匂いがしないことに戸惑っているのだろう」
「え……」
「可哀想に。こんなにもいい匂いなのに」
小さな背中を見送りながら言う東条の横顔は、我が子に対して向けるものではなかった。
どこか硬質で冷ややかにさえ見えるそれは……
「今は私だけのものだ」
「っ、そんな話をっ……」
穂垂ははっと辺りを見渡し、小声で「こんなところでしないでください」と早口で告げる。
「それに、契約は破棄してくださいと言いました」
わずかでも東条から身を離すようにぎゅっと全身に力を込め、突き放す調子を変えずに言う。
相変わらず端整な顔立ちは隙がなく、園児の父親でなければ接点なんてないだろう人だ……と、穂垂は思いながら頭を下げる。
「では、たけおみくんをお預かりしますね、失礼いたします」
「次に会う日を決めたいのだが?」
「お迎えに来られた時にでも、ご挨拶できるように努めます」
あくまでも貴方は園児の保護者なのだとはっきりと示すように硬く言い、返事を待たずに背を向けた。
チリ
「っ!」
感じたのは項に焦れるような熱だった。
はっと首を押さえて振り返ると、東条はにこやかな笑みを浮かべたまま軽く手を振り返していた。
やはり近寄ってこないたけおみに、同僚も様子がおかしいと感じたらしい。
普段から抑制剤を飲んでいるため、フェロモンが漏れているとは考えたくなかったけれど、フェロモンにすらならないような匂いをたけおみは感じとっていたのかもしれない と、穂垂は眉尻を落とす。
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