266 / 426

この恋は不幸でしかない 25

 敏感な子供はそんなことも感じ取ってしまうのか と、穂垂はたけおみの横顔を見て思う。  ほんのわずかでもあの人と血の繋がりのあるたけおみをどこか特別視していたのは否定できない事実だった。  そんなたけおみにつれなくされて……寂しく思うも、本来ならこれが適切な距離なのだろうと自分を納得させる。 「……でも、やっぱり寂しいな」    突発的な発情で襲われるのも最悪噛まれてしまうことも、穂垂のΩとして歩んできた人生の中では可能性としてあることだった。  けれど、唐突に懐いていた子供に無視されるというのは想定していないことで……  一抹の寂しさは抜けない棘のように穂垂の胸に居座り続けた。  あら? と声をかけられた瞬間、穂垂はどっと吹き出した汗に思わず息を詰めた。  思わずという風に声を上げたのはたけおみの母親で……穂垂が顔を合わせたくなかった人物だ。    突発的な発情だった や、ただの事故だったと言い訳をしたところで穂垂と東条の間に起こったことは紛れもない不貞で、十日近い不在の期間を考えると……夫に何かあったと思わない方が無茶だろう。 「   ああ」  たけおみの母親は穂垂の真っ白になった頭の中を覗くかのように目を細めた。  夕方だというのに乱れのない化粧の施された美しい切れ長な目は、東条の妻らしいと思わせる。  むやみやたらに伸ばしてはいないが、綺麗に整えられて色のつけられた爪を持つ指で口元を隠すようにして…… 「 ────主人の匂いがべったりね」  ぞっと胸の内は冷えるのに汗だけは噴き出すように流れて、穂垂の拳の中は気持ちが悪いほどに滑る。  隠された口元が嫌悪を刻んでいるのか、怒気を孕んでいるのか……確認しようとして視線を上げたけれどうまく見ることができなかった。 「  、その    」  Ωらしい華やかな顔立ちではあったけれど、折れてしまいそうな風情のない彼女に見つめられて、穂垂は心臓が異様なほど鳴り出すのを感じた。 「あ 、お話しを……話をっ……」 「いいえ、結構です」  はぁー……と深く吐かれた溜息に穂垂が飛び上がると、彼女は「ああ」とまた小さく声を漏らす。 「話は東条の方からされていますでしょう?」 「え……」 「でしたら何も言うことはありませんので」  まるで事務手続きでもするかのように感情のこもらない声で言うと、足にしがみつくたけおみに挨拶するように促す。  その冷静な態度は夫が子供の通う保育園の保育士に手を出した妻のものというには、あまりにも淡泊であっさりとしたものだ。  穂垂は言葉に詰まり、うまく言葉の紡げない状態のまま頷くこともできない。

ともだちにシェアしよう!