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この恋は不幸でしかない 26
「他の子達も挨拶にきたことなんてないので、先生も気遣いなく」
「ぇ」
彼女の言葉の意味が分からず、穂垂は受け取りそびれた様子を隠すことができないままに肩を跳ねさせる。
その様子を見て、彼女はくすりと小さく笑みを零す。
「園でも、今まで通りがよろしいでしょう?」
「あ、……え?」
「では失礼いたしますね」
もじもじと母親の後ろに隠れたままのたけおみは挨拶をしないまま、促されて帰っていく。
二人のその後ろ姿はあまりにもいつも通り過ぎて、穂垂は先ほどのやり取りが自分の罪悪感から見た白昼夢だったのではと思ったほどだった。
ゆっくりと言われた言葉を咀嚼し、飲み込めるほどに磨り潰した頃には、じわりと染み込む毒のような言葉だったと知る。
東条には他にも関係を持っている人が、少なくとも二人以上いるのだと、眩暈がしそうな現実が目前に突きつけられて……
けれど、自分のことを、ああそう と言ってしまえるほど彼女にとって東条の浮気は普通のことなんだ と結論が出てしまうと、罪悪感でどうにかなりそうだった心がほんのわずかに軽くなったような気になる。
被害者であるたけおみの母親の言葉に甘えるのは間違いだとはわかっているけれど、やっと採用してもらった保育士の職を無くしたくないという現実的な側面を思うと、ほっと胸を撫で下ろしたくなるのも事実だった。
本来なら謝罪と慰謝料と……と考え、自分の懐事情を思い出して眉間に皺が寄る。
「許される のかな?」
世の中には複数の番を持つαもいるとは聞くが、穂垂の中ではそれはありえない事柄だった。
一生に一度、たった一人の番と添い遂げる、そんな思いをずっと持っていただけに、あの人以外の人間に触れられた体が存在することも、それで傷つける人が出ることも本意ではない。
「事故、だって、わかってくれてるのかな」
Ωだからしかたがない という気はなかったけれど、事故なのは確かだ。
突発的に発情したのも。
そこにαがいて発情に中てられてしまったことも。
すべてがたまたま悪いタイミングで重なってしまった偶然。
「……ほっと、するのも違うんだろうけど」
穂垂は鏡に自分の首元を映し幾つも残った歯形を指先で確認した。
同じ時に繰り返し何か所も噛まれているはずなのに、一つだけ他のものと違う様子のものがある。
それが、東条と番になった証拠の傷跡なのだと、直感で理解できた。
傷跡と言ってしまえばそれだけのものが、偶然なのか彼の唇の触れた部分に上書きするように刻まれている。
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