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この恋は不幸でしかない 28
いや、むしろ噛まれたことによって他のαの匂いを気にする必要がなくなった分、外に出かけやすくなった。
人ごみに出かけても他人のフェロモンに左右されないというのは、思った以上に気分を軽くさせるものだった。
制約がない世界はこんなにも軽やかなのかと、穂垂は初めて街を歩くような心持で進んでいく。
生まれた時の検査でΩとわかり、そういうものだと思っていただけに自分が様々なことを忌避してきたのだと目が覚める思いだった。
「もしフェロモンが漏れたとしても、誰にも迷惑をかけないんだもんね」
そう考えると、ともすればぽっかりと開いた落とし穴に落ちるかのような落ち込みを回避することができる。
────質のよくない悪夢を見ただけ。
もともと、自分はあの人に噛まれていたのだから、何も関係なかったのだ……と、穂垂は眩しい空を見上げて頷いた。
お昼寝の時間はいつもの活気溢れる保育園の中で少し落ち着く時間だ。
けれどその時間に眠れない子ももちろんいて、今日はたけおみの番のようだった。
ころり、ころりと寝返りを打ってはきょろりと周りを見回して、もぞもぞと寝心地を整えるように体を揺すり……それでも眠れないようで不安そうに目を開ける。
「たけおみくん、おトイレいく?」
眠いならともかく、小さな子供にじっと横になっていなければいけないことがどれほど苦行かはわかっている穂垂は、潜めた声でそうたけおみに声をかけた。
実際に出る出ないはどちらでもいいが、少し気分転換にはなるだろう。
少し考える様子を見せた後、こくりと頷いたたけおみを連れて保育室を離れる。
「今日は眠くなかった?」
「 はい」
手を引いて歩くも、たけおみの返事は硬い。
子供は敏感だとわかってはいたけれど、やっぱり寂しくなって……穂垂はちょっと繋いだ手を引いた。
「ほたるせんせ?」
動きを邪魔するほどの動きではなかったにもかかわらず、たけおみはひょこりと見上げるようにして首を傾げて……
真っ直ぐに見つめてくる瞳は、穂垂の項を噛んだあの人の面影がよくわかる顔立ちだ。
穂垂は思わずスン と鼻を鳴らした。
αやΩがわずかなフェロモンを嗅ぎ取ろうとする行為だったけれど、無意識だった。
たけおみの香りの中にあの人に似たフェロモンがないか、ほんのわずかでもそう言ったものを感じることができないか、すがるような行動だった。
あの暖かな日に感じた彼のαとしてのフェロモン、それをわずかでも……わずかでも……
「ほたるせんせ?」
同じ問いかけにはっと穂垂は正気に戻る。
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