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この恋は不幸でしかない 29

 いつの間にか膝をついて、真正面からたけおみを見つめていた。  何もわかっていないと言ってしまえば乱暴だったけれど、何にも染まっていない純粋で透明な瞳はどこまでもどこまでも人の心の奥底まで覗く力を持っているようだ。 「せんせ、おなやみ、ですか」 「え⁉」 「あ、さびしい、ですか?」  言われた言葉に飛び上がると、たけおみはさっと制服のポケットに手を入れて中から折り紙を取り出す。  それは何枚かの折り紙を折ったものの集合体のようで、あちこちにテープのつなぎ目が覗いていた。  小さな……猫? 「ぼくのつくった、らいおんさんです」  手にちょこんと置かれたそれは、顔はオレンジだったが紫色のたてがみを持ち、体はチェック柄という斬新な出来上がりだ。 「せんせが、さびしのがやだか   んっさびしくありませんように、このこをどうぞ」  ふん と鼻息も荒く胸を張られてしまうと、受け取らざるを得ない。  なんでも器用にこなすたけおみだったが、折り紙が苦手なのだろうと教えるそれを見て、ふふ と笑った。 「ほたるせんせ、ごきげんです」 「ありがとうございます、たけおみくんがくれたこれを持ってたら、寂しいことなんてないね」  紫のたてがみを持つライオンを胸ポケットに入れてぽんぽんと軽く叩く。  ふわりと香るのはたけおみの香りと……わずかに、東条の移り香。 「  っ」  ドキリとした気分で思わず背筋が伸びる。  自分は、寂しいと思っていたのか?  人から見て、寂しそうと思われるほど?  そんなことはない と自分に言い聞かすように顔を上げるも、すん と小さく鼻を鳴らしてしまったことに気づく。  バース性の人間がフェロモンをよく嗅ごうとして行うその動作をつい無意識でしてしまった。   「…………」  αのフェロモンに振り回されなくてよくなったのだと、安堵していたばかりなのに……と穂垂は顔を歪める。   「……なんであの人の匂いなんか……」  もう番契約も破棄されて関係ないはずなのにと、きつく眉間に皺を寄せた。      アパートに辿り着き、部屋の鍵を開けて中に入る。    今日も一日働いて、疲れ果ててくたくたで……早く倒れてしまいたいって思うのに、玄関を入った瞬間に足が竦んだ。  目に前にある部屋は朝出た時のまま変わらないはずなのに、ぽっかりと開いた洞のような気配がした。 「え……」  自分の使い馴染んだもので満たされ、自分の家の匂いがし、自分の家だと言い切れるのに……  ここは空虚な洞だ。  泥棒が入って何かを盗っていったというわけではない。  けれどその時、穂垂はこの部屋はただの形ばかりのものだと思ってしまった。

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