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この恋は不幸でしかない 30
よそよそしく、まるで他人の家か、初めて踏み入る場所のような寒々しさがして……
「 っ」
耐えられない と本能が叫んだ。
さっきやっとの思いで辿り着いて開けた扉を叩きつけるようにして閉めると、穂垂は冷たくなった指先で服の裾を握り締める。
それはまるで、泣くのを堪える小さな子供のようで……
おろおろと途方に暮れて辺りを見回し、そして歩き出した。
もう来ることはないからと覚える気もなかった道を息を切らしながら進む。
夜のとばりの降りきった街中は暗い水槽の中のような静謐さに満ちて、穂垂の足音を大きく響かせる。
普段ならば自分の足音の大きさに怯えたかもしれなかったが、今の穂垂にはそれを気にしている余裕はなかった。
まるで追い立てられるように体の底から不安が湧き上がってくる。
それは冷たい水のようでもあったし、焼けただれた鉄のようでもあり……
とにかく震えを起こさせようとしている嫌なものに急き立てられて、穂垂の足は止まることはなかった。
飛び出すようにして出て来たその場所を求めて、がむしゃらに足を動かして……けれど目的地がどこなのかわからないまま彷徨い、彷徨い……
「……」
見覚えのない街並みに泣き出しそうになったところで、ふと空を見上げる。
自分とは縁のないような高層マンションだ と思いながら、穂垂の足はそちらへと向き、気後れしてしまいそうなホテルのようなエントランスに入って行く。
豪華な……そこは……
「み、おぼえ……ある、かな ?」
確証が持てるほど記憶がはっきりとあるわけではなかった。
東条から逃げるように飛び出した時は、興奮していたせいか辺りを見回す余裕もなかったせいか、眩しくてキラキラした場所だった としか覚えていない。
けれど……
「 ────緑川様」
戸惑い立ち尽くす穂垂へと駆け寄ってきたのはこのマンションのコンシェルジュだ。
初対面の相手に名前を呼ばれて飛び上がる穂垂をよそに、コンシェルジュは「お預かりしております」とカードを手渡してくる。
「え……」
「お部屋へどうぞ」
手前にあるエレベーターではなく奥のものを勧められて……
普段ならば断わるはずなのに素直に言葉に従ってエレベーターへと乗り込む。
ボタンを押さなければと思う前に動き出したエレベーターに混乱するも、それよりもぐずぐずと何かを訴えるように疼く胸が思考を遮る。
謎だと思うのにドキドキと心臓が鳴り、訳がわからないのにそんことどうでもいいと思う。
そわそわと点灯していく数字を見ながら体を揺さぶり、チン と音を立ててエレベーターが止まった時には扉が開くのももどかしくて、押し開けるようにして外へと飛び出していた。
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