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この恋は不幸でしかない 31

 長い廊下の先、そこにある扉へと駆け寄って……  壊さん勢いで開けた先、明るい光に腰が抜けたようにへたり込んだ。  数週間前に十日程度過ごしただけの場所だったのに、まるで故郷に帰り着いたような安堵感に襲われて、穂垂は立ち上がれないままタタキに崩れ落ちる。  人生の中でほんのわずかだけ生活していたこの場所が、どうしてだか心に染み入るように優しく思えてしまう。 「あっ」  しばらくへたり込んでいた穂垂だったが、明かりが灯されていることに気が付いて立ち上がった。  どっと跳ね上がった脈拍に押し出されるように駆け出すと、真っ直ぐに正面のリビングへと向かう。 「……もしかして、  」  『もしかして、僕の番が待っているかもしれない』  声に出さず胸中で呟いた言葉に自分自身で飛び上がりそうになりながら、駆け込んだ先に人の気配を見つけられずに立ちすくむ。    広く、豪華で……まるでモデルルームのようなそこは、確かに番と過ごした場所ではあったが空っぽだった。 「……」  けれど、ふわりと鼻先をくすぐるのは間違えようもない自分の番の匂いで……  すんすんと鼻を鳴らしながら、自然と足の向く方へと進んでいく。  匂いの濃くなる方にあるのは寝室で……発情の熱に浮かされながらも、番と共に過ごした記憶の残る場所だった。  そろり と扉を開けると隙間から光と共に今までで一番濃いフェロモンが漏れて、今度こそ番がいるのだと飛び込んだ先…… 「……なんで、いないの……」  整えられたベッドは二人が過ごした痕跡はわずかもなく、残されているのは他の場所よりはマシ程度の匂いだけだった。  くっと呼吸が詰まりそうになったのを振り払うように駆け出し、通り過ぎた他の部屋やトイレ、風呂場を覗いてみるもそこに人影はない。 「いない、いない、どこ」  呼吸もままならないほどの寂寥感、番の見えない絶望感、いなしきれないその感情に流れ落ちた涙は拭われることなく、ぽたりと足元に落ちた。    滑らかに開く扉は音を立てず、それは穂垂の眠りを邪魔することはなかった。  東条は室内灯の明るさを少し落とすと、ぐちゃぐちゃに乱れたベッドへと近寄る。 「随分泣いたようだ」  こちらに置いてあったわずかな衣服をかき集め抱き締めてうずくまり、そのまま眠ってしまっている穂垂を見下ろして口の端に緩く笑みを浮かべた。 「死にそうなほど、寂しかっただろう?」  涙の痕を残す目元を指先で触れ、涙が伝ったために固まってしまった髪を梳くように撫でる。  時折ひくりと名残のように肩を震わせて眠る姿は、憔悴して……そしてやっと安らげる場所を見つけた人間のそれだ。

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