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この恋は不幸でしかない 32

 ここを飛び出した時は、番なんて破棄で構わない、寂しさなんか感じない と言っていたのに……と、東条は子供の我儘を聞いた時のように溜息を吐いた。 「いや、子供の方が聞き分けがいいな」  注意をすると懸命に正そうとするたけおみの姿を思い出してくすりと笑う。  離れたくても離れられず、拒絶しても求めてしまう、そういうどうしようもないものなのだと、東条は穂垂の頬をくすぐりながら呟いた。  番の匂いに囲まれて目覚める朝のすがすがしさに、穂垂はぱちりと目を瞬かせる。  いつもは目覚めてからは低い体温に引きずられて、なんとなく動き難いし気怠くて……  どこが悪い とはっきり言えない調子の悪さをずっと感じていただけに、すっきりと目覚めることができたのは驚きだった。 「あ……僕、……なんでここに……っ」  朧気には記憶はあった。  ただただひたすらに寂しくて、冷たく淀んだ沼の水で肺が満たされるような、そんな苦しさにもがいて……もがいて……  辿り着いたここでやっと番の匂いを見つけたのに姿はどこにもなく、それが更に不安と寂しさを塗り固めるように降りかかって。    きょろりと周りを見渡し、昨日と変わりのない……と思うのに、そわりと体が揺れる。 「……違う、いる」  穂垂は弾かれるようにベッドから飛び降りると、クローゼットからかき集めた番の服を握り締めながらリビングへと走っていく。  カチャリと小さく響く食器同士の触れ合う音は無人ならば聞こえない音だ。  自然と上がっていく口角を感じながら飛び込み……驚いた表情の東条を見てはっと狼狽える。  穂垂はこの匂いの先にいるのが番だと信じて疑わなかっただけに、怯えを滲ませて後ずさった。 「あ……東条さん」 「しっかり眠れたようだ。今、朝食を持ってこさせる」  口元に近づけていたマグカップをカウンターに置くと、東条は滑らかな動きで穂垂へと近づく。 「あ、の、……東条さんだけですか?」 「? 見ての通りだ」  さっと手を広げて周りを見るように態度で示す。  東条の指先に広がる先はがらんとしていて、人がいないのは一目瞭然だ。 「他の人間が必要か?」  わずかにからかいを含んだような問いかけに、穂垂は困ったように笑い返して……   「あの人はどこですか?」    そう真っ直ぐに問いかけた。  目の前へ並べられた朝食にしては豪華な食事に、穂垂は「申し訳ないです」と言ったきり手をつけようとはしなかった。  正面に座る東条を気まずげに見ては、曖昧な笑顔のような表情を作って視線を逸らし、そわりそわりと辺りを見渡す。

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