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この恋は不幸でしかない 34

 茶化すような声に東条は沈黙で答えを返す。 「緑川……穂垂、です」 「ここはどこかわかりますか?」 「住所はわかりませんけど、あの人が僕達の愛の巣……じゃなかった、生活のために用意してくれたマンションです。ちょっと、豪華で驚きました」 「私は誰ですか?」 「たけおみくんの保護者で……あ! 彼の又甥だとお聞きしたことが……えっと、兄弟のお孫さんなんですよね」 「貴方の番は、誰?」  静かに東条に尋ねられ、穂垂はぱちりと一度だけゆっくりと目を瞬かせた。  瞼に隠された瞳が再び現れても、そこに光る希望の光はキラキラと燃え続けている。 「僕の番は、あの人ですよ!」  にこにこと屈託ない笑いを零され、東条は無作法にもガチャンとフォークを取り落とす。  幸い皿の上でカチャカチャと音を立てながら止まると、銀色の光が差し込んだ陽光にチカチカと鋭い光を反射する。 「貴方の首を噛んだのは?」 「えっあっ……その、幾らあの人の御身内とは言え……あまりそうやって聞かれるのは、恥ずかしいです」  ちょっと頬を膨らまし、金持ちの家はこう言うところがあるんだろうかと眉尻を落とした。  立ち居振る舞いやこのマンションを見て、一般中級家庭ということはないだろうとは思っていた穂垂は、幾つも観たドラマの中の金持ち連中の行動を思い出して背筋を正す。  貧乏ではなかったけれど、下級一般家庭で育った穂垂を彼の身内が良く思わないだろうことは考えにあった。  いろいろなパターンを考えて、何を言われても彼と添い遂げるのだと意気込んで…… 「ところで、彼はいつ戻ってくるんでしょうか? もし用事が長引くなら僕が迎えに行っても    」  ひゅ と呼吸の乱れる音がした。  彼は足が悪いから車で出かけているだろうか? と思いを巡らせていた穂垂は、急に雰囲気の変わった東条に戸惑って首を傾げた。 「東条さん? どうされましたか? どこか具合が……」 「いえ、気にしないで」  短く言われた言葉は硬く、穂垂が怯む。 「あの……何か、いけないことを言ったんでしょうか? だとしたら謝ります! あの人の番として、恥ずかしくないようになりたいので、御指導御鞭撻いただければ「食事が冷めますよ」  突き放すように言葉を重ねられて、穂垂はびっくりして身を竦める。  自分の知っている東条は、人の言葉を遮るような物言いはしない人間だったはず。  恐ろしいと感じてしまった気持ちに蓋をしながら、なんとか場の空気を持ち直させようと下手な笑顔を浮かべる。 「お、おしゃれな朝ごはんですね、僕はいつも菓子パンを食べるから新鮮です。あの人も    っ」

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