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この恋は不幸でしかない 35

 ガチャン と叩きつけられるようにして下ろされたナイフとフォークに自分が映るのを見て、穂垂は青い顔で俯く。  何が理由かはわからなかったけれど、自分の言動の何かが東条の機嫌を損ねてしまったようなのは痛いほどわかる。  気に食わない話をしたのがダメだったのか?  食事のマナーがなっていなかったのか?  それとも……?  少し前まではそんな気配がなかっただけに、豹変した態度に思考が追い付かない。  そもそも、どうして東条がここにいるのか疑問に持つべきだった。 「……僕と、あの人のことで東条さんに御迷惑をおかけしてしまったんですよね。僕は……まだまだ知らないことも多いから   」  やっと社会人生活に慣れて来た身としては、こんなマンションを用意する方法もさっぱりだし、他人と暮らすことに対する気遣いや知識も何もない。  穂垂は自分に足りない部分が多いのだと感じ、これでは身内である東条が自分に対して不機嫌になるのも当然だと納得する。 「ご迷惑をおかけしないように頑張ります! 僕じゃ……番だって認めてもらえないかもしれないけれど、精いっぱい! あの人にふさわしい人間になりますから! だから、僕を番でいさせてください!」 「貴方は    」  ぱく と開きかけた唇を閉ざすとそのまま、東条は難しい顔をしたまま黙りこくった。  ◆   ◆   ◆ 『彼に、私は会いたくなくなったのだと伝えて欲しい』  その言葉は東条の大伯父の遺言のようなものだった。  長男でありながら家のための義務も果たせずに廃嫡された一族の鼻つまみ者と本家を繋ぐ役目を押し付けられたのは、東条の存在を疎ましく思う本家筋以外の策略でもあった。  最初こそ煩わしいと思っていた東条だったが、大叔父もαだからか、矍鑠としていて世話らしい世話は何も必要がないままだった。  そんな大伯父が唯一口に出した願いがこれだ。    さすがに足腰も弱り、ベッドの上の住人となった大伯父が言ったこの言葉を……東条はこんなにも恨むことになるとは思いもしなかった。  大伯父が逢瀬を楽しんでいるという報告は受けていた が、それがまさか成人しているのかしていないのかわからないような年のΩだとは思いもよらず……  けれど、報告を確認するために訪れた先で見かけたのは、いつも気難しそうにして子供相手にも笑顔一つ浮かべることのない大伯父の笑みだった。  祖父と孫。  そう見えてもおかしくない、いや……そう見えて然るべき年齢差の二人が、恋愛として惹かれ合っているなんて誰が思うだろうか?  よくて介護。    廃嫡されたとはいえ彼は裕福なαだ。  それなりの稼ぎで貯蓄もある。  このΩがそれを狙っていないと誰が言える?  

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