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この恋は不幸でしかない 37

 駐車場には目立たない程度の白い高級車と運転手が控えていた。  二人の姿を確認すると恭しく一礼をしてからドアを開け、二人が乗り込むのを見守る。  正直なところ、東条はこれが面倒だと思う日があった、けれど『普通の生活を経験させる』が妻の願いなのだからしかたない。  跡取りとしての役割を果たす際、他にΩの番を持つことを条件に妻の要求には可能な限り誠実に応えるという約束だった。 「なんとなくで受け入れた話だったが……」  東条は折紙で遊んでいるたけおみをぎゅっと抱きしめ、ふわりと漂ってくる穂垂の香りを探す。 「おとうさま?」 「保育園は楽しいか?」 「はい! ほたるせんせが、やさし  えっと、よくしてくださいます」  たけおみを通わせる保育園に穂垂がいたのはただの偶然だ。  保育士を目指しているのだと報告書には書かれていたがただそれだけで、大伯父に囚われている穂垂と今後人生が交わることなんてないと思っていただけに、東条はその巡り合わせにただただ驚いた。  大伯父のようになるまいと婚姻に対しても、番に対しても家の意向を十二分に考慮し、それでよしとしてきた東条にとっては降って湧いた出来事で、厄介なことだった。  大伯父は確かに穂垂の項を噛み。  東条はその気迫に怯んだ。  もうその段階で穂垂の番になる資格はないのだからと、自身を納得させるのは容易なことではなかった。 「明日は『出張』で帰らない」  そう告げると、たけおみは少し眉尻を下げてしょんぼりとした後、「はい」と返事をする。  寂しいのだと全身で訴えるたけおみの頭を撫で、頬についた食べかすを拭う。   「父様がいなくとも、好き嫌いせずに食事をしなさい」    夕飯は可能な限り三人で食べるというのも妻の願いだ。  東条の妻は仕事での会食も、妻以外の番との逢瀬もよく理解してはいたが、このことに関しては不愉快さを隠しもしない表情をする。  旧家の出らしい美しく整った顔を不快そうに歪め、気の強い性格が出ている眉をわずかに顰めてみせた。 「  ……わかりました」  不服 と書かれている顔を見返し、さすがに気まずい思いをしながら箸を置く。  たけおみが不審がらないように飲み物に口をつけるふりをしつつ、正面に座る妻の顔を盗み見る。  番ではなく、βの人間に会いに行く。  このことが妻の怒りを買っているのだとは重々承知ではあったが、こればかりはどうしようもない。  以前に謝罪を口にして不興を買ったこともあったために、東条はただ黙って飲むふりをするしかなかった。  

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