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この恋は不幸でしかない 38
明日会う予定である彼女とのことを問われたら、「大学生の時、恋人だった」という簡単な言葉で済むが、安易にいかないのが現実で……
「……こちらも食べてくださいね」
腹の底がひんやりとするような声音でおかずを勧める姿に、東条は胸中で溜息を吐く。
番のことに関しては寛大な妻がこれほど不機嫌になるのは、生殖に関する本能で惹かれているわけではなく、気持ちの上での繋がりがあるからこそ成り立っている関係だったからだ。
今後どのようなΩが現れても本妻の座は揺らがないし、東条の跡取りは自分が産んだαだけとわかっていたからこそ目を瞑れていたことも、恋愛という感情で接する相手にはそうもいかない。
二人の結婚は家同士の繋がり。
複数の番を持つのは繁栄の為。
それ以外の存在は許容の範囲ではなかった。
「ああ、いただくよ」
故に彼女の態度がこうなることも、東条は十二分に理解できた。
嫡男だからというわけではなく、この家に生まれたαならば貢献せねばならないのが家の繁栄だ。
然るべき家の人間を娶り、一族の血を継いだαを増やすために番を多く持つ。
それがこの一族を栄えさせてきた営みだったし、これからも続けていくべき事柄だった。
だが東条の大伯父はそのことに真っ向から歯向かい、生涯運命の番を待ち望んで人生を閉じた人物で……
そのことにわずかばかりの羨望がないわけではなかったけれど、それ以上に享受することができるすべてを手放してでも運命を望み続けた滑稽さの方が勝っていると東条は思っていた。
思っていた だ。
「 ────すまない、電話だ」
そう告げて彼女の腕から距離を取ると酷く不服そうな顔をされてしまい、東条は困ったように眉根を寄せた。
二人きり……いや、二人が顔を合わせている時に他のことに注意がいくのを嫌がる彼女をなんとか宥めて、妻からの電話に折り返す。
他の番、特に彼女と会っている間は連絡をしてこないのが常だというのに……
呼び出し音が鳴り続ける携帯電話を見つめながら、東条は何かあったのかと訝しむ。
「電話、まだ?」
するりと腕を絡ませるようにしがみつくと、彼女は嫌悪感を隠しもしないで携帯電話をつつく。
「ああ、……かなともは?」
「大人しく動画見てるよ? いい子でしょ?」
緩やかに波打つ赤い髪をかき上げ、彼女は満足そうに言うけれど子供へと振り返ることはない。
東条の顔を覗き込んで笑うその姿には、子供を気にかける素振りは微塵もなかった。
「じゃあ動画のキリがいいところで食事にいこうか」
「傍にパン置いておけば勝手に食べるよ? 美味しいところ見つけたの! 一緒にいこ!」
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