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この恋は不幸でしかない 39
弾む声に覆い被さるように子供の……かなともの持つ携帯電話から子供向けの音楽が流れる。
「そこは子供も連れて行けるところ?」
「……」
東条はできるだけきつい調子にならないように問いかけ、「ん?」と首を傾げてみせるが彼女はむっとした顔を返す。
「あの子がいたらゆっくりできないから、二人だけでいいでしょ? 一緒に居られる時間は限られているんだから、水入らずで過ごしたいわ」
つい、かなともは水だと? と問い返そうとした言葉を飲み込み、東条は柔らかい手つきで彼女の手を取ると、にっこりと笑顔を浮かべる。
「どうせなら『親子』の時間もとらないか? 私もせっかく『息子』に会えたんだから『母親』である君と三人で『家族』だと感じたいんだ」
幾つかの言葉を押し出すように強調しながら言うと、彼女はほんの少し逡巡するような様子を見せてから、つかつかとかなともへ近寄って手の中から携帯電話を取り上げる。
お気に入りのアニメが急に手の中から消えたことに泣き出すでもなく、かなともはぱちりと目を瞬いてから短い手足を動かしてよろよろと立ち上がった。
たけおみよりも二つ年下ではあったが、それだけではない体の小ささのせいかまるで人形が歩き出したかのような奇妙さがあった。
かなともは自分の目の前に立つ母を無言で見上げ、それから膝の辺りに視線を滑らせる。
そうすると、叱られてうなだれているような様子になり、知らない人間がこの姿を見たならば、悪さをして叱られているように見える雰囲気だった。
「 ごめん ちゃ ぃ」
母親は何も言ってはいない。
けれど肩を竦めて自分を小さくする幼子は謝罪を口にしてもじもじと手をこねくり回す。
汗ばんだ小さな掌は擦りすぎたのか皮が剝けている部分もあるようで……
東条はさっとかなともの傍に膝をつき、明らかに軽い体を抱き上げる。
「お母さんが、お父さんとかなともと一緒にお食事へ行こうって」
「しょ ?」
「ご飯、何食べようか?」
かなともははっとした顔をすると、東条の腕の中からするりと逃げ出してキッチンの二人掛けのテーブルの下に潜り込んでしまう。
東条が「かなとも?」と声をかけてテーブルの下を覗き込むと、かなともは小さら皿を目の前に置いて、伏せた犬のようにずくまっていた。
それ が、何を意味するのか……
「 わん 」
小さな鳴き声の真似に、何かを考えるよりも前にさっと後ろを振り返った。
「ち、違うの、その子のマイブームっていうか、犬が飼いたいらしいけどダメって言ったら……そんなことするように……」
あはは ときごちない笑い声を零しながら、彼女は慌ててテーブルの下のかなともを引きずり出す。
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