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この恋は不幸でしかない 41

 静かな問いかけに、彼女ははっと口に手を当てる。 「……だ、だって……ほんとう、なのよ……? 私のこと、信じてくれる……わよね?」  ぶるぶると震えながら顔を引きつらせて笑顔を浮かべようとする彼女を置いて、東条はかなともに「お腹見せて」と声をかける。 「ちょ なに   」  真っ青になった彼女が手を伸ばすよりも早く、東条の指がかなともの汚れた服を摘まみ上げた。 「これは?」 「こ、これ? 汚れのこと? そ、その子はこだわりが強くてその服しか着ないだけよ……洗濯する時、どれだけ大変か……」 「そんな話はしていない」  多少我儘にふるまっても、仕方がない という表情を崩さなかった東条の凍りそうな程冷たい声音に、彼女はわけがわからずに引き攣った笑いを引っ込めた。  東条の視線を辿り、指が捲るシャツの中を見て…… 「  ────し、知らない!」  初めて知るかのように上げられた声。  東条の険しい視線の先にあったのは赤く……ところどころ紫になった肌だ。 「こ、転んだのかもっ! この子よく転ぶから! きっとそれよ!」 「いい加減にしないか」  東条の声は硬く冷たく、重い。 「な、な……に、私が虐待でもしてるって思ってるの⁉」 「……」  東条は返事を返さないまま、ぶるぶると震えてしがみつくかなともの頬を撫でる。 「かなとも、今日、お父さんと寝るか?」 「は⁉ ちょ……何よ! なんなの突然! …………ぁ、ああ! そうだ! 今から旅行なんでしょ⁉ サプライズ好きだものね! びっくりしたぁ!」 「かなともの荷物は後で秘書が取りに来る」 「何よそれっ!」  鼓膜を激しく揺るがす甲高い声に、かなともだけでなく東条もぎゅっと眉間に皺を寄せた。   「少し頭に血が上っているようだ、少し冷静になった方がいい」 「だから、それが何なのよ! ちょっと! どこに行くの!」 「いつもワンオペでかなともの相手をしていて大変だろう。今日はのんびりして、明日は美容室やエステを予約しておこう、カードも渡しておくから好きなように使うといい」  反論をさせないように一気に言うと、東条は彼女が駆け寄ってくる前にさっさとその家を出てしまう。  腕の中でかなともが不思議そうにきょとんと首を傾げ、父である東条の顔と夜空を見比べてぽかんと口を開けた。  まるで初めて夜空を見たとでも言いたげな様子に東条はにっこりと笑顔を返し……携帯電話で秘書の番号を押した。    この世で優秀な人間が多く含まれている種類の性別はと問われれば、十中八九の人間がαと答える。  これがこの世の常識であり、不文律で覆ることはない。  ただ、優秀な者が多いαだったが一つだけ欠点があった。

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