283 / 426

この恋は不幸でしかない 42

 αは生まれる人口が圧倒的に少ない。  歪なバースヒエラルキーのトップに立つのだから当然という笑い話もあったが、個々人の能力が飛びぬけて優れているαを増やせばそれだけ力になるというのはどこの誰でも考えることだった。  無性とβ相手ではαが産まれる確率は少なく、唯一αが産まれる確率を高くできるのはΩと番った時だ。  Ωの人口はαの半分で……確率的にはαとΩの間に生まれる子供はαが多いということになる。  α同士の婚姻も考えられたが、特にαの女性が極端に少ないことも相まって、これはαをどうしても手に入れたい家が取る苦肉の策でもあった。  東条は腕の中で物珍し気に辺りを見回しているかなともを見下ろす。    そんな苦肉の策を弄した一族に生まれてしまったかなともの扱いがこれだ。  東条はαでなければなかったことにされた存在はどれほどいるのだろうかと、赤みの強い癖っ毛を混ぜ返しながら思う。   「おと しゃ ?」  そろりと窺うように見上げる瞳はどこまでも澄んでいて、自分が母親に行われていた事柄をわかってはいないようだった。  少し首を傾げた後、「おか  」と母を探す素振りをせてから、東条の様子を窺って黙りこくってしまう。  その様子はひたむきに母を求める姿で…… 「お母さんはお買い物に行かなきゃいけない、だからお父さんと遊んでいようか。お友達がかなともに会いたいって」 「  ?」 「あー……クマさん、会いたい?」 「! くま おともだち の 」  キラキラと瞳を輝かせて舌足らずに言うと、かなともは曖昧な歌詞で歌い始める。  それに上手だと褒めながら駐車場まで行くと、秘書が焦りを滲ませた表情で車の傍に立っていた。先ほど連絡を取った時の声音は普通だったためにその後に何かあったのだろうと想像はついたが…… 「あの……奥様が……」  そろりと出された言葉に、東条は妻からの着信があったことを思い出した。    東条はうつら とし始めた意識を叩き起こすために首を振り、腕の中の華奢な体を抱きしめ直してからスンスンと鼻を鳴らす。  チリチリと聞こえるフェロモンの音は小さく穏やかで愛らしい。 「ヒートは抜けたようだな」  体を起こそうとしたがもう少しだけと、髪に鼻先を埋めて穂垂の匂いを嗅ぐ。  柔らかな夏の始めに感じる香りは好ましく、それだけで胸を締めつけるような魔性を持つ。  少し と思っていたのにいつの間にかスンスンと鼻を鳴らしながら、細く柔らかい髪、貝殻のような耳、こめかみ、額、頬と口づけて香りを堪能して……

ともだちにシェアしよう!