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この恋は不幸でしかない 47

 必ずしも親子が似ていなければならないというわけではないけれど と、瀬能は自分の下世話な考えを振り払うように立ち上がった。 「それで、どうするんだい?」 「かなともはこちらで引き取ります」  はっきりと返した東条に瀬能は物言いたげにちょい と片眉を上げてみせるけれど、何も言葉は続けない。 「そう、じゃあ早く迎えに来てあげてね」  瀬能はそう言うとクマの被り物を再び手に取った。    通常の業務と並行してのかなともをこちらで引き取る準備に……それから、穂垂の長い発情期に付き合ったために機嫌を損ねた妻への対応。  東条はさすがに溜息の一つも吐いて天を仰ぎたくなった。  他の番達にはしばらくバタつくと連絡を入れておいたので問題はなかったが、正妻と切り捨てられる愛人の扱いをどうしたものかと頭を悩ませていた。  大学生の頃、馬鹿もやりながら過ごしたきらめかしい時代は確かに愛だったそれも、自身の背負わなくてはならない義務や互いの立場の違いのために愛の形はとらなくなっていた。  崩れたそれは情と呼ばれるもので、離れるには愛おしい存在だ。  嫌いになったわけではないし、空気のようなものだというつもりもなかったけれど、彼女がいつの間にか生活に溶け込んでその一部になり、愛情とは違う目で見ていたことに、東条は項垂れたい気分でゆっくりと溜息を吐く。  東条の中では、老いた自分の傍にいてくれるというイメージだったが…… 「  ど、どうして……」 「君が、かなともを育てるのが負担なんじゃないのかと思ったんだ」 「負担なんかじゃないわ!」  勢いよく立ち上がったために机の上に雑多に置かれていたものがひっくり返り、東条の方へと雪崩れる。  仕事ができる人ではあったけれど、家事に関しては不得手だった と東条はそれを直しながらぼんやりと思い出す。  どんなに小さなものにも二人の記憶があって、潰れたティッシュ箱の角や壁に吊るされたままの服に視線を遣り、記憶の中にある他愛もないやり取りにぐっと胸を詰まらせる。 「だから、君が楽になれるようにかなともを   」 「私の為とか言わないでよっ!」  止める間もなく彼女の腕が机の上のものを薙ぎ払う。  化粧瓶、保湿クリーム、広告、コップ……容赦なく払われたそれらは床に叩きつけられてけたたましい音を響かせる。 「子供ができた時も! 二人だけで暮らしてるのも! 今回のことだって! 私にいいようにって言いながら、貴方がそうしたいだけでしょう⁉ 貴方は直接私を捨てる勇気が出ないから、かなともを取り上げて私から身を引かせようとしてるだけよ! そうしたら自分は悪者じゃないもの!」

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