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この恋は不幸でしかない 49

「あの子は  ……あの子の、  」  言いよどむ。 「  ────あの子に、気をつけて」  別れの言葉とするにはあまりにも似つかわしくない。  東条は深く尋ねようとしたが、彼女がふぅと吐き出した煙に押されるようにして怯む。 「いえ、気をつけてあげて」  彼女自身も自分の物言いに引っかかりがあったのか、言い直した言葉はお互いに飲み込みやすいものだった。  二人の間にあった埋火のようなものを消し去るはずだった時間が、奇妙な居心地の悪さにとって代わられたような気がして、東条は緩く肩を竦める。 「本当に、困った時は言ってくれ」  彼女は溜息のように煙を吐き切ると、灰皿の中でぐちゃぐちゃに潰された殻に目を向けたまま笑う。 「卒業の時に別れてればよかったわ」  その声はまるで、ショッピングで選ぶ服を間違えただけというような雰囲気さえある。  あの時、東条が別れたくないと言った言葉に頷いた自分に対して、後悔は感じなかったが正しくないことをしたのだと思い知ってしまって……  けれど、遅すぎるすべてに彼女ははぁと溜息を吐いて、とっさに口を押えた。  ごまかすための煙草はもう消してしまっていたんだ と、少し困ったようなふりをする。 「私は君の苦しむ姿が見たいわけじゃないんだ」  まるで自分が野垂れ死ぬのが決まっているような口ぶりだ……と、彼女は隠す気もなくなった溜息を零す。 「じゃあ今すぐに目を閉じなさい」  そう言いながら彼女は東条を外へと押し出し、目を合わせることもないままいつも通りの調子どドアを閉めてしまった。  鍵をかける気配はなかったため、開こうと思えばこのドアは開くことができるだろうとわかってはいた。  わかってはいたが、東条は結局ドアノブに手をかけることもしないまま、その場を立ち去った。  ◇   ◇   ◇    目覚めて辺りを見渡す。  けれどどこにも番の姿が見えず、穂垂はすんすんと鼻を鳴らしながら寂しさに肩を落とした。  まだ温もりが残ってやしないかと人の形に乱れたシーツに指を滑らせる。   「どこにいっちゃうんだろ」  夜は一緒に過ごしてはくれるけれど、朝目覚めると彼はもうすでに出かけていて独りだ。  穂垂は、仕事ならばしかたない と自分に言い聞かせてはいたが、寂しいものは寂しい。シーツの皺をちょこちょこと直すように指先を動かしてから、もう一度ベッドへと沈み込む。  ふわりと香る彼のフェロモンの香りに肺が満たされると、昨夜のことを思い出して体の奥がじくりと熱を持つ。 「ん、んんっ」  昨日もあれだけしたのに、体の熱はあっと言う間に燃え上がりそうになる。    

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