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この恋は不幸でしかない 52

 東条がわずかに見せた動揺に、穂垂は飛びついた。  子供を預かれば、昼間東条と二人きりで気まずい思いをしなくても済む。   「安静にしすぎてもよくないですし、このままじゃ出産時の体力もなくなってしまいます」  険しい顔は相変わらずだったが穂垂の言葉を真っ向から拒否する雰囲気ではない。 「無理はしません!」  そう言い切る穂垂に東条は一瞬眉間の皺を深くしたけれど、何か反論してくることはなかった。  緩く癖のある赤毛、卵型のすっきりとした顔立ちで酷く細いという印象を抱かせる子供は、東条の腕に抱かれて縋るようにしがみついている。  初対面ということもあるのだろうけれど、抱かれた腕の中でじっとしたままだ。 「息子のかなともだ」    たけおみの弟になるのかと穂垂は頷いた。 「こんにちは、ほたるせんせいです。今日はかなともくんといっぱい遊びたいです」 「……」  ためらいがちに視線を送って来るけれど東条の腕にしがみつくいて返事をする気配はない。 「……」  ちらりと父親の顔色を窺った後、もそもそと「はい」とはっきりと発音できない言葉で返事を返す。  個々人の性格によるものもあるだろうけれど、かなともの細さを見て穂垂は眉を寄せると、視線で問うように東条を見る。  二人きりの時に見せる厳しい顔とはまた違ったしかめられた表情に、穂垂はこの子には何かあったんだと気づく。 「かなともくん、クマさん好き? ほたるせんせい、クマさん用意してあるんだけど遊ぶ?」  保育の際に身に着けていたエプロンのポケットは大きくて、そこにクマのパペットを入れてあった。  ここは保育園ではなかったから、かなともの気を引けそうなものは多くはなかったが、事前にクマが好きと聞いていたので荷物の中から探し出したものだった。  それを手にはめて、子供なのに少しシャープすぎる頬にちょんちょんと触れる。 「『かなともくん! こーんにーち、はーっ!』」  このキャラクターの真似をして声を上げると、一部の隙も無くしがみついていたかなともがわずかに体を起こす。  パペットに、目の前で可愛らしい動きをさせると、今にも泣きそうだった瞳にきらりと光が宿り出した。 「クマ」  ぽつり と言葉を零しただけだったのに、東条は酷く安心したようにほっと溜息を零す。  その姿があまりにも大げさすぎて、穂垂はかなともについてもう少し詳しく聞く必要があると感じた。  クマのぬいぐるみが一番反応が良く、絵も描くけれど好きというよりは義務的な雰囲気を受ける。  音の出るおもちゃや遊びは嫌がり、絵本も好むけれど読んで貰うよりは自分でただひたすらページをめくって過ごしていた。

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