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この恋は不幸でしかない 55

「じゃあ、かなともくんはいつもどこに? ご親戚のところでしょうか?」 「いや……親戚は頼れない。信頼できる人の元に預けてあったが、元々そこは子供を保護する場所ではないんだ」 「……」  ここで、東条の家に引き取れないのかと安易に言うことは可能だったけれど…… 「かなともくんは東条さんを頼りにしています。もし、今までのように東条さんがこちらにいらっしゃるなら、このままかなともくんはここで様子を見た方がいいかもしれません」  東条の身なりを考えると、シッターを雇うなりなんなりもっと良い方法がありそうなものだけれど、それをしなかったのは理由があるのだろう と、穂垂はどこまで踏み込んでいいのかわからず、混乱した頭で懸命に考える。  彼の番になったとはいえ、彼と東条の縁は近いとは言えず、穂垂と籍を入れたわけではないので身内と言い切るには遠慮があった。 「彼が帰ってきたら、一度相談されてみてはどうでしょうか……」  提案というよりは独り言に近い言葉だ。 「…………」 「僕達では出せなかった答えも、彼なら出せるかもしれませんし」  年齢イコール経験と言い切るわけではなかったけれど、それでも経た時間の厚みが違うのは確かだった。  穂垂はこんな時に相談相手として番を思い浮かべることができて、嬉しくはにかむような気持になって緩く唇を歪める。 「大伯父は、今日はいつ帰ってきますか」 「え? ────…………」  東条の問いかけに穂垂はふっと視線を滑らせた。  白い壁にかけられたおしゃれな木製の時計はチクチクと止まることなく時を刻み続けていて、穂垂の視線を少しずつ動かす。  瞬きながら、針を見つめる。  針は、規則正しく動き続ける。 「…………」  チク と一瞬、針が躓いたような気がした。 「いつもと同じ、十一時までには帰ってくるって言ってました」 「…………そうか」    東条は詰めていた息を吐き出すように呟くと、目の前のカップを持って立ち上がる。  眉間に皺を寄せて苦しそうに目を細めながら「何かあれば書斎に」と言い置き、真っ直ぐに部屋へといってしまった。 「時計の電池、切れるのかなぁ?」    穂垂はもう一度時計を見遣り、ぼんやりと呟いてから立ち上がる。  東条が仕事のために部屋に籠ってしまえば、穂垂のできることはほとんどなくて……それならかなともの寝ている間に自分も休息をとろうと寝室へと向かう。  さすがにプライベートな空間だけあって、ここは番の匂いだけで満たされていて、穂垂は部屋に入って大きく深呼吸する。  

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