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この恋は不幸でしかない 58

「それは東条さんの食事もじゃないですか! 気になさらないでください。子供が生まれた時の練習が必要ですから」  ね? と嬉しそうに言うと、穂垂はかなともにもう一度スプーンを差し出した。  素直に口を開けてそれを受け取る姿に……東条はほっと胸を撫で下ろす。  瀬能から、普通の食事の仕方ではなかなか食べてくれないと聞いていただけに、穂垂の手から素直に食べる姿はずっと望んでいたものだった。  緩やかに寝息を立てるかなともの傍からそっと立ち上がる。  慣れない場所だからすぐに起きるかと警戒したがそんなことはなく、胸の上下運動は乱れることはなかった。 「……」  瀬能から聞かされていた寝入りの際のぐずりもなく……  額に張り付いた柔らかな髪をそっと払ってから背を向ける。 「俺といるからなのか……それとも」  それとも穂垂がいるからか? と口には出さずに思案した。  たけおみもそうだったがかなともも穂垂には好意的に見えることに、東条は顔をしかめる。  大伯父と自分がそうであるように、遺伝子の相性で運命が決まるのならばたけおみ達もその資格がなくもないのだ と。  バース性の人間が持つ好みは、遺伝子の組み合わせに因るものではないかという研究もある。 「……運命とは、単純にそれが極まったものなのか?」  それでも、それだけでは説明ができない部分もあると瀬能にぼやかれたこともあるので、一概にそうとは言い切れないのだろう。 「…………!」    リビングに戻った東条の耳に、カタンと小さな音が届く。  そしてそれを追いかけるように涼やかな鈴の音が溢れ出して…… 「 ────おかえりなさい」  寝室から顔を覗かせた穂垂は東条に向かってそう言うと、花がほころぶような笑顔を表して駆け寄ってくる。  甘い甘い、性的な興奮を表すフェロモンの香りを纏った体が、なんの躊躇もなくしがみついて…… 「……ああ、ただいま」  東条はちらりと時計を見遣る。  とうとう時計の針が十一時を越えたのかと確認して、腕の中で嬉しそうに笑う穂垂を見下ろした。  積極的に繰り返されるキスも、性欲を掻き立てようとして弄ってくる手も、すべては自分を通して別の人間へと為されたものだ。  そこに番への愛はあっても東条自身への感情の欠片はわずかもなく……  嬉しそうに「帰ってきてくれた」「会いたかった」と繰り返す言葉も東条へ向けられたものではなかった。 「会いたかった?」 「ん、んっ……会いたかったです、貴方なしで、僕は どうやって  生きていったらいいのかもわからないのに」  貪るキスの合間に、呼吸よりも思いを告げるのが大事だとばかりに穂垂は幸せそうに言う。

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