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この恋は不幸でしかない 59

「そうか」  理性を横殴りにするような……乱暴と表現してもいいような甘く好ましいフェロモン。  今まで出会ったどのΩのものよりも本能に訴え、心を揺さぶる匂い。  けれどそれは、自身に向けられたものではない。 「 ────っ」  子供のように泣きじゃくりたいわけではない、けれど……番の傍に居ながら視界に入らない。  穂垂が求めているのは大伯父の代わりとなるディルドなのだと、理解しながらも抗うことは難しく……東条は食いしばるように名を呼んだ。 「穂垂」 「はい!」  ちゅ とキスを繰り返しながら返事をする穂垂の笑顔を押し退けることも、違うと言うこともできないまま、自分ではない愛しい人間に向けられた視線を受け止める。  美しい瞳に映るのは自分自身のはずなのに……と手を伸ばすと、穂垂はうっとりとした表情で手にすり寄った。 「穂垂、私に会いたかった?」 「もちろん! 忙しいのはわかるんです……でも……我儘だとはわかっているんですが、もう少し一緒にいたいです、一人だと寂しくて……」  苦し気に吐かれた言葉は、東条のことは欠片も入っていない。  日中、あれほど傍に居たというのに、それでも穂垂は寂しいと感じていたのだとわかって……  けれど東条は挫けそうになる心に鞭を打つ。 「私も会いたかった」 「!」  自分の本心を隠して、穂垂の望む言葉を言えば番の心の底からの幸せな笑顔を見ることができる。  東条は、安易に手に入るものだと思っていたし、今でも言葉一つで手に入るそれが、こんなに重いものなのかと項垂れたい気持ちで微笑みを返した。  目の前の医者が、どうやら気に入ったらしいクマのマスクを弄っているのを見て、東条は画面越しでよかったと心の中で悪態を吐く。 「きちんと話を聞いてください」 「聞いてるよー? 聞いてるけどさ、土台無理な話なんだよ。ヒートとはいえ自分を襲った人間と仲良くして欲しいだなんて」  そう言うと瀬能はクマに話しかけるように「ねー」と首を傾げる。  この医者の悪いところは、それが神経を逆なですると十二分にわかっていてしているところだ。 「常識に当てはめてごらんよ」 「……運命だとしても?」 「それが免罪符になるんだとしたら、随分安っぽいものだね、運命って」 「…………」  どう取り繕っても、幾ら突発的な発情期だからといっても、穂垂が意に沿わぬ性行為を強いられた という部分は覆らないのだと、瀬能は薄く笑う。 「勿論、君だって被害者ってわかってるよ? 実際にヒートのオメガの傍に居て、耐えられる方がおかしいんだ」

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