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この恋は不幸でしかない 60

 ははは! と、からりと笑いながら瀬能は誰を思い出しているのか…… 「まぁお互い被害者だからって分かり合えるとは限らないさぁ。君達アルファってさ、頭いいのにそこんところでお花畑になるのはどうしてなのさ?」 「楽観視しているわけではないです。……が、先生はあの瞬間の多幸感を知らないでしょう?」 「運命と番えた時かい?」  東条は声に出さずに神妙な面持ちで頷いて見せるが、瀬能は相変わらずクマのマスクに気をとられた様子のままだ。 「僕にだって愛する女性はいるんだよ」  ちらり と視線を一度だけ画面越しの東条に向け、すぐにクマへと向き直る。 「……そういうのとは……違います」  東条自身、恋愛をしてかなともの母と結ばれたのだから、その感覚がわからないわけではない。  けれど……と、穂垂を見つけた瞬間や得も言われぬ心地にさせるフェロモンを嗅いだ時は、それらのどれとも比較にできるようなものではなかった。  本能が といわれることはあったが、アレはそれよりももっと強制的な何かだと、東条は思う。  心の底から欲を引きずり出されるような……まるで、呪いのような。 「まぁ緑川くんの状態について心配なようなら、入院措置もとることはできるけど」 「…………」  穂垂のことを思うならばそういう方法もあるのだ……と、わかってはいても自分の目の届く範囲から番が消えることが恐ろしく…… 「そんな顔をするもんじゃないよ」 「っ⁉」  東条はさっと顔に手を遣るが、自分がどういった表情をしているのかわからなかった。  ただ、穂垂が自分の感知できる距離からいなくなってしまうと考えただけで、心臓が馬鹿みたいに脈打ち始めたのは理解できた。  穂垂を失うことが、恐ろしい。  体中の血が抜かれて、内臓も足元にぶちまけられてしまったような空虚感。  絶望と渇望がない交ぜになり、けれどもそれを満たすことは不可能だとどこか冷静な頭の隅が判断を下して……更に飢えが酷くなる。  高熱の際に勝手に体が震え出すように、穂垂のいない世界を思うと東条の体は自然と震え出す。 「私は、番と離れられる気がしません。二人で世界が完結するならば、私はなんでも差し出します」 「妻子も?」 「 ────っ」  跳ねた体を追いかけるようにどっと汗が噴き出す。  やっとクマを置いた瀬能がゆっくりと東条の方に向き直り、尋ねるようにしてちょい と首を傾げてみせた。  それは、「どうなの? 返事は?」という行動だったが、東条はぱく……と口を開くもすぐに言葉は出なかった。

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