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この恋は不幸でしかない 64

 穂垂は保育士の顔でこくりと頷いたのを見て、東条は振り切るようにして出ていく。  後に残されたのは、かなともの父を呼ぶ声ばかりで……  コトコトコト と積み木を積み上げてみせてもかなともの機嫌はよくならなかった。  東条とこうしてよく遊んでいたから、これで機嫌がとれるかとも思っていただけに、穂垂は自分がかなともから東条を引きはがしてしまったことに一抹の罪悪感を抱く。  泣き止んではいたが、悲しげな顔でうつむかれ続けると、心の柔らかな部分をチクチクと刺されているようだった。 「クマさんで遊ぶ?」  かなともが大好きなクマのぬいぐるみで気を引こうとするも、緩く首を振られて終わってしまう。  公園に行こうかと声をかけようと思ったが、まだ少し早い時間だ。  昼食と昼寝の時間を計算して……と時計を見ている穂垂の耳に、コンシェルジュからの連絡を知らせる音が聞こえてくる。 「……?」  基本、ここには誰も来なかった。  もし来客があったとしても東条に連絡が入っているようで、事前に教えられはするがすべて東条の客なので来客対応をすることはない。  友人知人には落ち着くまで……と引っ越したことを知らせていなかったため、訪ねてくる人がいるとしたら穂垂の客でないのは確かだった。    迷いはしたものの居留守を使うのも座りが悪く、仕方なくかなともに声をかけてから応答する。 「あの……東条さんは今出かけていて……」  そう言った穂垂の耳に、意外な人物の名前が飛び込んできた。  差し出したハーブティーに、彼女は……東条の妻は穏やかな声で「ありがとうございます」と言った。 「……すみません、コーヒーをお出し出来たらよかったんですが、今切らしてて……」  コーヒーよりも好き嫌いが分かれてしまいそうな飲み物を出してしまったことに、穂垂は項垂れそうになる。 「あ、オレンジジュースなら  」 「いえ、こちらで結構です。私も一時よく飲みましたから」 「……そう、ですか」 「たけおみがお腹にいる間はずっとこれでした」  びくりと肩を跳ねさせた穂垂の耳に、子供たちの笑い声が届く。  先ほどまで不機嫌だったというのに、たけおみが一緒に遊ぼうと言った途端かなともはこくりと頷いて遊び始めていた。 「東条は?」 「ご自宅に……向かわれたものだとばかり……」  凛としたたたずまいの彼女はその言葉を否定するでもなく、「入れ違ったのね」とだけ返した。 「今、たけおみと遊んでいるのは  ……かなともですね」  感情の揺れは見えなかったが、その分冷ややかに思える口調に穂垂は気まずい思いをしながらも頷いた。

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