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この恋は不幸でしかない 65
名前まで知っているということは、かなともが東条の子供だとわかっているのだろう。
冷静そうに見えるけれど、自分の夫が婚外子を匿っていることに彼女はどう思うか考えると、汗が噴き出す思いだった。
「先生に面倒みさせるなんて、いいことではないですね」
「あ……いえ、僕が言い出したんです。お世話になっているので、これくらいなら」
綺麗に整えた眉をぴくりと動かし、彼女は怪訝そうな顔で穂垂へと視線を向ける。
Ωらしい美しく整った顔立ちに好意的な表情はなく、真正面から見つめられて穂垂は気まずい思いに今すぐ席を立ちたくなる。
「東条の子供を産むのですから、これくらいは甘受してよろしいのよ?」
「 は⁉」
びくりと跳ねた指先がカップに当たり、凪いでいた水面に波を立てた。
「この程度のマンションで満足なさらなくとも。ただまぁ……東条を帰してもらえないのは困るわ」
「いえ その……」
「たけおみも、私以外の番もいるのだから」
そう言うと綺麗に色の塗られた爪でちょん とカップの縁を叩く。
穂垂の目の前にあるカップと同じように波紋を広げたそれを見下ろして、彼女は「ね?」と首を傾げた。
「貴方が今、アルファが必要な時期なのはわかりますけれど 「待ってください!」
彼女の言葉を遮り、穂垂は椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がる。
「あのっ誤解されています! 僕は東条さんの番なんかじゃありません!」
小さく嘲るような「は?」の声に怯みそうになりながら、穂垂は腹に手を当てて首を振ってみせた。
「東条さんは僕の番である大伯父に頼まれて、面倒をみているだけで……っ」
「……貴方、何を言っているの?」
長い睫毛を軽く伏せながら穂垂に投げつけられる視線は侮蔑を含むかのようだ。
冷ややかで、目の前の夫が新しく迎え入れた番を軽蔑するかのような、そんな目だった。
「僕っ……僕の番はっ 運命の人は……東条さんの大伯父に当たる人で。僕が頼りないから、彼がいない間は東条さんが様子を見てくれているだけなんです!」
穂垂が立ち上がったことで机が揺れて零れてしまった茶色い水に一瞥をくれ、冷たく「いい加減にしてくださる?」と言い放つ。
「今更、東条との間を隠す必要はありません」
「ちが 本当に、僕は違うんです!」
大きな声を上げたせいか、向こうで遊んでいた子供たちの声が途絶える。
奇妙な緊張感にたけおみが二人を見て不安そうに目を瞬かせた。
「……すみません、大きな声で……でも、信じて欲しいんです。僕の番は、東条さんの大伯父に当たる方で 」
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