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この恋は不幸でしかない 68

 それでも、口の端に滲む悲し気な感情を穂垂は見つけてしまって…… 「ごめんなさいっ口に出すにしても……貴方以外の人に相談するべきだったのに」  やはり悲しい思いをさせてしまったんだ と、慌てた穂垂へと苦笑が返される。  彼の手は柔らかな温もりを残しながら穂垂に触れ続けて、宥めるように動く。 「君は優しい人だね」 「え? そ、そんなことは……」 「優しくて、可愛らしくて、愛おしくて」  にこにこと告げられる言葉に、穂垂はあわあわと顔を赤くする。  緩やかな皺を刻む皮膚と存在を主張するような血管と……自分の手との違いに、穂垂は少しすねたような気分になった。  きっと彼は、この手が示すように深い人生経験を積んできたのだろう。  愛を囁くのに慣れた様子で言葉を紡いだことのある相手は、一人二人ではないと思うと落ち着かない。  彼のことをすべて知りたいから尋ねたいと思うも、それと同時に嫉妬してしまうのは違いなかった。  けれど……   「ぼ、僕の他にも……言いました?」  彼は一瞬ぽかんとした様子だったが、先程までの悲し気な雰囲気を引っ込めて嬉しそうに目じりに皺を増やした。 「私が愛を囁くのは今生も来世も、君だけだ」  真摯に言葉を告げて、にこっと少し茶目っ気があるように微笑む様は、言葉とは裏腹にこなれた様子だ。  それを細かく指摘する気などない穂垂は、ぎゅっと彼の手を握り返した。 「僕もっですっ」  皺の刻まれた皮膚のすぐ下に骨を感じる手を包み、穂垂は心の底からの言葉を告げる。 「僕も、ずっと、ずっと あな    ────」  言葉を切ったのは彼の指が唇を押さえたからだ。  穂垂は一世一代の告白に近いセリフを言おうとして止められ、たたらを踏むようにもごもごと言葉が口の中で転がる。 「私は君を愛している」 「────っ!」  ぱっと朱色に染まる頬に指を滑らせて、彼は再び……寂しそうに笑った。 「  でも、よい愛し方をできなかった」  何を と問おうとした穂垂の唇を再び指先が押しとどめる。   「私は、いつどんな時も、君が最優先なんだって、覚えていて欲しい」  ふわりと微笑む様子は、どこか東条の笑顔と似ていた。  冷たい体とは裏腹に、左手だけは汗をかきそうなほどに温かい。  暗い視界は一瞬で穂垂を不安にさせたが、すがるように左手に力を込めれば不思議と安心感が湧く。 「……ぼく は 」  眩い日差しも吹き抜ける風も、もちろん彼の姿もないそこはただの暗闇だ。 「僕っ  」  慌てて起き上がろうとして、左手がまるで船の錨のように体を縫い付けていることに気が付いた。

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