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この恋は不幸でしかない 69

 重く、まるで拘束具のように感じて咄嗟に振り払おうとしたが、それを嫌がるように手を包むものがぎゅっと締まる。 「  ほた  っ! 穂垂! 起きたのか⁉」 「  ────っ……東条……さ   」  びくりと体が跳ねたために手も動いたが、やはり左手は動かない。  薄暗い中で視線をそちらにやれば、東条の手がしっかりと穂垂の左手を掴んでいる。 「なに  何を……」 「覚えていないか? 気を失ったんだ」  部屋が暗いせいかいつも涼し気な目元がどんよりと影を落として、理知的な光を宿していた瞳はただただ濁って見えた。  縋るように握り締めた穂垂の手に額をつけると、「よかった」と繰り返し呟く。 「医者は問題ないと言ってはくれたが   」  はぁ と深く吐かれた溜息の深さが東条がどれほど心配していたかを物語った。 「お医者さ……っ子供っ! 赤ちゃんはっ  」  悲鳴のような声を上げた穂垂に、東条はぎゅっと手に力を込めながら「安心していい」と告げる。  見てわかるほど大きくなっていないお腹を見下ろしても、そこにいる命に別条がないかどうかはわからなかったが東条の声音は誠実で、気休めの言葉ではないような雰囲気にほっと胸を撫で下ろす。 「不安定な時期に、あんな形で来るなんて……私の危機管理の甘さだ、すまなかった」 「 ……え?」  穂垂は先ほどまで向かい合っていた番の顔を思い出したけれど、目を細めなくてはならないほどの光に満ちた世界を思い出して緩く首を振った。  アレは夢だったんだ と理解してしまい、隙間の空いた心を無視するようにぎゅっと一度だけ目を閉じる。 「奥様の行動は、もっともなことだと思います」 「……いや、はっきりと物事をさせたがる彼女のことだ、君に随分ときつい言葉を投げかけたんじゃないか? 決して彼女に悪気があったわけじゃないんだ、彼女なりに妻としての責務を果たそうとして  ……その、私が……責任を果たせていなかったから」  東条は苦いものでも食べたかのように、苦し気な表情で言うと唇を引き結んで俯いてしまった。  穂垂は緩まない東条の手を見下ろし、離す気配のない様子に気まずげに視線を逸らす。    番のものと同じ人の体温だというのに東条の手は汗ばむほどに熱く、張りのある皮膚をしていた。  彼のものとは全然違う……  そう思いながらも、穂垂は納得もしていた。 「────番の 手、ですね」 「ほた  る?」  東条はその言葉に、ずっと穂垂の手を握り締めていたことに気づき、慌てて手を離した。  いきなり放り出された左手は、ひんやりとした空気に晒されてうら寒く、そして寂しい。

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