314 / 392
この恋は不幸でしかない 73
「素敵な花束ね」
もじもじとしたままの穂垂に、会話のきっかけとして腕の中の花束を指し示す。
「あ、これ……もしよろしければ受け取ってもらえませんか?」
「え? ごめんなさい、ねだったわけじゃないのよ? せっかくの花束だからおうちに飾ってあげて」
遠慮するように手を振る彼女へと花束を突き出す。
思った通り、百合の花は彼女に良く似合っていて、自分の腕の中にあるよりもしっくりくる と穂垂はほっとした。
「もともと、もらってもらえたらと思って買ってきたものなんです。当然って思われるのは承知ですが、その……似合うと思ったので」
「あ……」
差し出して初めて、親しくもない人間から花束をもらうことが気まずいことだと気づき、穂垂は飛び上がるように慌てて花束を背中に隠す。
「す、すみませんっ僕からなんて、嫌ですよねっ見なかったことにしてください!」
「あっ! 嫌じゃないわ!」
目を丸くしたまま、彼女は穂垂の背後に回されてしまった花束に手を伸ばす。
力ずく……ではないけれど、有無を言わさずに花束を受け取ると、白百合を基本として華やかに仕立てた花の束に一瞬だけ優しく微笑む。
「綺麗ね、ありがとう」
「よかった。あ、これは馴れ合うとかではないので、何も気にしないでください」
「そう、でも嬉しいわ。花の少ない季節だから、余計に」
そう言うと整えてある指先でちょいちょいと色とりどりの花を軽くつついてはくすぐったそうに目を細める。
「東条はこんな気遣いしないから」
「聞き捨てならないな。失せない物を渡しているだろ」
「こう言う失せ物は嬉しいものよ」
彼女はもう一周、様々な花びらの感触を楽しんでからもう一度「ありがとう」と繰り返す。
お互いの立場柄もあるし、以前に馴れ合う気はないと言われていただけにどうなるかと思っていたけれど、一本一本悩んで選んだ花が受け入れられたことにほっと胸を撫で下ろした。
「たけおみをトイレに連れて行ってくる、かなともを頼んだ」
つい保育園の調子で自分が行こうとしたのを彼女が引き留め、座るように促してくる。
「東条に任せればいいわ。貴方はちょっと転んでも一大事なんだから、狭い場所や小さな子供の相手はしばらく控えたら?」
「あ……でも、お任せしていいんですか?」
「子供のトイレの付き添いは、父親でもできる仕事よ?」
ぱち と目を瞬かせてその言葉を飲み込む。
なんとなく、子供の世話は自分や母親の仕事だと思っていたから。
彼女の言葉に目からウロコが落ちる気分だった。
園でも何かあれば連絡はまず母親にするようにしていたこともあり、父親でもできる という言葉は不思議な感覚をもたらす。
ともだちにシェアしよう!