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この恋は不幸でしかない 75

「僕も、支えることができたら と思ってます」  彼女と同じ答えに辿り着いて、同じ言葉を言ってしまった気まずさに恥ずかしくなり、穂垂はぎゅっと体を縮める。 「お、お前なんかにっ 何ができるんだ って、思うでしょうけれど……」 「貴方が居てくれて、東条は幸せそうよ」 「そ それは……運命補正で! ……それに子供も生まれるから  浮足立っているんだと思います」 「そういうことにしておきましょうか。あの様子じゃ、生まれても当分はそっちに泊まってべったりだと思うけれど」    クリームのついた唇をティッシュで拭っていると、かなともがもご と何事かを言った。 「うん? かなともくん、もう一度言ってもらってもいい?」 「  おと さ、いつ? おうち   」  未だはっきりと発音しにくい音があるのか、かなともの声は途切れ途切れだ。 「おと  おと  」 「お父さん?」 「いぃー……ちゅ、つ?」 「いつ?」  かなともはそこまで来ると、両手で自分のお腹をとんとんと叩いてみせる。  お腹? 自分? 「かなともくんのところ?」 「くる!」  わっと上がった声に驚いたけれど、意味はわかった。  東条は、いつ自分達の家に帰ってくるのか、そう尋ねたいようだった。 「 ぅ……ん……」  お父さん子な姿を見ているだけに、すぐに東条を帰してやりたかったが穂垂自身も初めての妊娠ということで不安感に襲われることが多く……  二つ返事で帰らせる とは言い難い状況だった。  彼が亡くなったのだと理解した時も、  変化していく体に気持ちがついていけない時も、  ホルモンの関係でわけもなく泣きたくなった時も、  東条は辛抱強く傍らにいてくれた。  その存在はいなくてもいい なんていえるようなものではなくて、東条がいてくれなかったら彼の喪失に体の変化に……どこまで耐えられたかわからない。  だから、穂垂自身がつい望んでしまう。  傍に居て欲しい と。  その思いは、愛や恋かと尋ねられたら返答に困るようなものだったけれど、穏やかに東条に寄り添いたいと思う気持ちには違いなかった。 「もうすこし、かな。おなかのあかちゃんがうまれるまで」  そんな長い期間ではないけれど……それまでは、東条は自分の唯一でいてくれるだろう。  東条と自分と、新しい命とで過ごす生活をしっかりと覚えておこうとぎゅっと胸を押さえた。 「おとうさんをひとりじめしちゃってごめんね? あかちゃんがうまれたら、かなともくんのところにかえるからね」  この子が産まれたら、東条の重きは妻に向けられる。  自分は……子供に会いに来てくれるなら、会えるかな? と思う。  

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