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この恋は不幸でしかない 76

「そう言えば、東条はもう産後のお手伝いさんとか手配してあるのかしら?」 「えっそんなっ……自分で何とかしようと思っていますし」 「時宝の跡取りの番に、そんなことさせられないわよ」 「じ ほ  ?」  聞き慣れない名前を言われて、穂垂は首を傾げた。  跡取りの番 となっているのだから、跡取りが東条なのはわかる。  けれどそれ以外がわからない。 「専用のお手伝いさんがそっちから派遣されてくると思うわ、体が辛い間は赤ちゃんのことだけして、後は全部任せるといいわよ。相手はプロだから」 「そん  」  それが普通の境遇だとは思えない。  穂垂は慌てて彼女の方へと身を乗り出した。 「なんでですか⁉ じほうって……?」 「あら……話を聞いてないのね?」 「あ……何も、話なんて……」  急に用意することのできた高級マンション、揃えられた服も身の回りのものもすべて高級品だ。  普通の会社員でないことは薄々感じてはいたけれど、穂垂はそこに踏み込んでいいのかわからないまま、今日までずるずるときてしまっていた。 「東条は時宝の跡取りなの。東条は私の苗字で、時宝であることを隠すための偽名よ」 「えっ」 「時宝、聞いたことない?」 「……すみません、有名人には疎くて……」 「クロノベル なら聞くかしら?」  彼女が口にした名前は、バース性の人間なら……特にΩならよく知っている製薬会社だ。  Ωの抑制剤はもちろんだったが、それだけでなくα用の抑制剤を製品としてきちんと世に出したのはこの製薬会社だったはず……と、穂垂は昔読んだ雑誌の内容を思い出そうとする。 「その家訓でね、アルファはオメガと番い、アルファの子を成して引き取り子とすべしって言うバカらしい家訓があるのよ」  そこで初めて、彼女は何かを侮蔑するかのような目をした。 「たくさんのオメガと番になって、オメガが産まれたら捨て、アルファが産まれたら時宝の子として育てるようにって」 「そ、それ……この子がオメガだったら捨てられて、アルファだったら東条さんの御実家が連れていってしまう と?」 「酷い話でしょ?」  つん と拗ねたような顔をして、彼女は冷めてしまっているラテに口をつけた。  そのタイミングで、トイレの方から東条とたけおみが笑いながら戻ってくる。 「東条がそうとは言ってないわ。ね、かなとも」  突然名前を呼ばれたからか、かなともはびっくりして穂垂たちを見上げておどおどと二人の顔を交互に見遣る。  ぱくぱくと動く口は、なに? なに? と言っているように読み取れた。 「また俺の悪口を言っているのか?」  からかいを含ませたような東条の声に慌てて首を振った。

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